風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~

将来の夢

 グランティーヌは暗くなりかけた道を思わずスキップしてしまうくらい、ご機嫌だった。

(デュラは今ごろ店主から言付けを聞いて叫んでいるかもしれぬのぅ)

 そんなことを考えながら、ニヤケ顔を必死に引き締めようと努力していた。
 殴り込みを掛けるべく相手が、自分から懐に飛び込んできたこと。これはただの偶然ではない。神の導きだとグランティーヌは思った。

 はじめ、グランティーヌは双子が自分の婚約者であるとは(つまり、カナチスの跡取り息子とは)思っていなかった。どこにでもいるその辺の中流階級貴族程度に見えたからだ。話を聞いてからも半信半疑だったが、リムの持つ短剣には王家の紋章が入っていたし、お付きのカミヤも証拠として国王の直筆サインが入った書状を持っていた。さすがに疑う余地もない。
 そしてもちろん双子たちも、グランティーヌがフラテスの次期皇女であるとは全く思いもしなかったのである。
 思いもしなかったどころか、グランティーヌが正体を明かした後も疑っていた。まぁ、こちらは何の証拠もなく、身に着けていたロケットに入っていた家族の肖像画を見せ、何とか信じてもらえたわけだが。

 そして更に、あの二人は更に思わぬ台詞を吐き出したのだ。

『政略結婚などするつもりはない』

 と。

 三人は昼下がりのティータイムで、大いに盛り上がってしまった。そしてついには双子たちが城へ来てくれと言い出した。

「話がわかる奴らでよかったのぅ」
 ひとりごちる。
 城へ行って何をするのかといえば、もちろん国王に直々に断りを入れるのだ。双方ともその気がないのだと知れば、大人しく諦めるだろう。
「父上はなんと言うであろうのぅ」
 ふと、父の顔が浮かび、立ち止まる。さっきまで腹が立っていた感情も、時間と共に波が引いた。これから自分が事を起こすことで父の立場が悪くなるようなことになれば……そう考えると躊躇《ためら》いもあった。が、

「……知らぬわ。元はと言えば父上が悪いのじゃ!」
 すぐに開き直ったのだった。

 待ち合わせの茶屋に着く。と、待っていたのはリム……本名はクリム。彼だけだった。飲み物を口にしながらブーたれた様子でティンを見る。
「ったく、遅いぜ、おい」
「なんじゃ、お前一人か?」
「ヒューリスとカミヤは一足先に帰ったよ。……ったく、何で俺が残されなけりゃなんねーんだ」
 後半はブツブツと口の中で呟く。
「気を利かせたのではないか?」
 ティンの一言にブッ、と飲み物を吹き出し、むせながら言った。
「ばっ、何をっ、おまっ、」
 顔がタコのように赤くなっていた。
「馬鹿者。冗談じゃ」
 まんざらでもないクリムの反応をさらりと交わし、とっとと背を向ける。

「何をしておる。行くぞ?」
 クリムはそんなグランティーヌを睨みつけ、恥ずかしさを堪えつつ立ち上がった。
 外に出ると、グランティーヌは小高い丘の上を仰ぎ見た。カナチスの城は、ちょうど街の中心の、丘の上に建っている。北からの文化を受け継いでいるカナチスは、南の文化を継いでいるフラテスと違い城が高い。だから街に入ればどの場所からでも城が見えるのだ。

「綺麗じゃのぅ」
 思わず呟くグランティーヌに、クリムが小さな声で言った。
「……そう、思うか?」
「フラテスの城も綺麗じゃが、カナチスの城もいい。わらわはほとんど国を出た事がないからのぅ。初めて見たが、綺麗なものじゃ」
「そう……」
 心持ち、暗い表情。
「何じゃ? どうかしたのか、クリム?」
「……いや、なんでもない」
「何でもない顔じゃなかろうに」

 拳を握り締め、何かをぐっと我慢しているかのような厳しい表情。阿保っぽさが消え、少しだけ、かっこよく見える。

「……クリム、そなたたちの探し物とはなんなのじゃ?」
 ふいに訊ねてみる。ずっと気になっていたのだ。
「『婚約者』だよ」
 ぶっきらぼうに言い放つ。
「……では本気でナンパしていたのかっ? 無謀じゃのぅ。お主ら、町の民たちに正体がバレたら……、」
 悪い噂が立つ。
 城の王子たちが町の女に声を掛けまくっている、と。

「お前たち、もしかしてわざと……?」
「勝手に親父が婚約者を決めたりする前に、俺たちにはもう恋人がいます、ってことにしたかったんだ。それに、悪い噂を流しておけば、国同士でのちゃんとした縁談話も持ち上がらないだろうと思ってよ」
「……それなのにわらわとの縁談話が持ち上がってしまった、と」
 そこまでして結婚を避けたいとは。

「ティン、お前後継ぎに生まれて後悔したことってないか?」
 真剣な眼差しで、クリム。グランティーヌは立ち止まり、クリムの顔を見返した。同じ質問を何度自分に繰り返しただろう。後継ぎであることの重圧。本当にこれでいいのか、という不安。ストレス。
「後悔……か。ないとも言えぬのぅ」

 何でもない街場の子に生まれていたら……そう思ったことも何度となくある。が、それではデュラと知り合えなかったのだから結果的には今の自分がいいのだとも思っていた。
 ……思い込ませていた。

「何の因果か俺たちは城で産まれた。ついでに双子だ。これがどういうことかわかるだろ?」
「わからぬ」
 ズル、とクリムがこける。
「……お前なぁ、」
 おちょくってるのか、と言いかけやめた。
「つまり、どちらか一人は跡取りで、どちらか一人は邪魔者なんだよ」
「邪魔者?」
「そう。頂点に立つのは一人でいいんだ。二人はいらない」
「……権力争いになるからか?」
「そうさ」
「それでそなたの父君はわらわの国に一人をよこそうと思ったのかのぅ?」

 そうすれば権力争いは無くなる。一人が一つの国を治めることで、二人に変わらぬ愛情を注ごうというつもりなのだろうか?
「単純な考えさ。でも、俺たちが望んでいるのはそんなことじゃない。俺もヒューも国を継ぐ気なんてないからな」
 引っかかっていた一言に行き着く。
「放棄するのかっ?」
 カナチスは小さい国ながらも商業国として充分な利益を出している国だ。その国を継ぎたくないとは、グランティーヌとしては意外だった。大体、現国王ハイル・ザムエは腹黒い行商人のような男だと聞いている。その息子である双子たちに野心が無いとは到底思えなかったからだ。しかし、国同士の結婚を嫌い、わざと悪い噂を流すなどして自らに汚名を着せてまで『国』という存在を遠ざけるあたり、嘘とも思えなかった。

「俺にもヒューにも夢があるんだ」
 クリムが一変して明るい顔になり、笑った。
「ほぅ、どんな夢じゃ?」
 つられてグランティーヌも笑う。
「ふふん、聞きたいか? 実はなぁ、俺は学者に。ヒューリスは、冒険家になりたいんだ」
 にこっ、と笑顔を向け、クリム。が、グランティーヌはそんなクリムにいぶかしげな視線を渡した。

「何だよその顔」
「逆ではないのか?」
「俺は学者になりたいんだっ」
「馬鹿は学者になれぬ」
「誰が馬鹿だっ」
「お前じゃ」
「なにぃっ? じゃあ聞くが、お前にはちゃんとした、具体的な夢があるのかっ?」
「ある!」
 言い切った。今まで誰にも言わなかった、グランティーヌのひそかな夢だ。
「何だよ?」
「……秘密じゃ」
「言えよっ、ずるいぞっ」
「それは乙女の秘密なのじゃ!」
「誰が乙女だっ、誰がっ!」

 そんなやり取りをしつつ、二人は暮れてくる夕日を背に、城に向かって歩いていった。

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