風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~
いざ行かん
所変わってデュラである。
一人宿屋で途方に暮れていた。
グランティーヌは戻らない。早馬は当に着いたはずなのに城からの迎えも、今のところない。動くに動けず部屋の中をただひたすらうろつき回っていたのである。
「あああっ、俺はどうすりゃいいんだーっ」
頭を抱え、何度目かの雄叫びを漏らした。
「このまま待ってるしかないのか、俺はっ」
何度かグランティーヌを探しに外へ出ようと思ったのだが、断念した。どこへ向かっていいのかわからないからだ。
宿屋の主人は釣りに行ったと言うし、しかしながらこの辺りに釣りが出来るだけの川などない。街を出て郊外へ行ったとは考えにくく、かといって本当にカナチス城に行ったとも考え……たくはなかった。
「俺はグランティーヌ様のように勢いだけで行動できるほど子供じゃないんだっ!」
自分で考えて冷静に動けるほど大人ではないデュラであった。
コンコン、とノックの音。はっ、と我に返り、扉に駆け寄った。
「ティンっ?」
ガチャ、と勢いよく扉を開けると、宿屋の主人が目を丸くして立っていた。
「……あ、失礼。何か?」
慌てて冷静さを取り戻すデュラ。
(いかん。こんなことでオタオタしていたら、オウル様に怒られてしまう)
『近衛はいかなるときも慌てず騒がず冷静に物事を判断せねばならんのだぞ、デュラ』
近衛隊長オウルの口癖をもう一度心に刻み込む。とはいえ、グランティーヌが行方不明になってから何度刻み込んだかわからないほどなのだが……。
「あの、今、遣いの者が見えましてこれを、」
伝報っ!
「すまんっ!」
主人からひったくるようにして取り上げるとガサガサと広げ、読み上げた。
『デュラへ
早馬の知らせ、ご苦労。
が、グランティーヌが城を出たことは初めから承知のことである。
好きにやらせてやってくれ。
面倒をかけるが、宜しく頼む。
ジーア』
一度、読み。
二度、読み。
三度、読む。
今度はひっくり返して裏を見る。
光に透かして見る。
……書いてあるのはこれだけだ。
「嘘だろ、おい……」
力なくその場に座り込み、うなだれる。
手紙には具体的な事など何も書いていない。グランティーヌの好きにさせろ、ということと、宜しく頼む、ということだけだ。宜しく、とはまたなんと都合のいい言葉だろう。デュラには何が宜しくで何を頼まれたのか全くわからなかった。
「陛下……私はどうすればいいのですっ!」
思わず手紙に向かって声を荒げる。実は特殊な構造で出来ている手紙で、話し掛けるとフラテスのジーアに声が届くのだ! ……などということはありえなかった。手紙は黙っている。黙って、デュラを見つめて(?)いる。
デュラは大きく息を吐いた。手紙を出す人物を間違えた事に今更ながら気付いたのだ。そう、手紙は自分の上司であるオウルに出すべきだったのだ。そして彼の指示を仰ぐべきだった……。
「そうすれば、もう少しまともな返事だっただろうに」
言いたい放題である。
外を見る。
まさに夕日が沈もうとしていた。
暮れゆく空は赤と紫と黒のグラデーションを奏で、とても美しかった。
「……行こう」
デュラは重たい腰をあげ、立ち上がった。フラテスから迎えが来ないのなら、自力で帰らねばならない。帰るためにはグランティーヌを探さなければならない。単純な方程式だ。ついでにグランティーヌのやらかすことを黙って見守らなければならないのだ。
(これも仕事。これも仕事)
国王直々に命を受けているのだから諦めるしかない。デュラは覚悟を決めると主人に馬車と馬一頭を預け『赤い金魚亭』をあとにした。国王からの書状を胸に、カナチス城へ向かう。これを見せれば怪しまれずに門をくぐらせてもらえるはずだ。
「グランティーヌ様がいなければ挨拶だけして帰ればいいし……って、」
(いなきゃ困るんじゃないかっ!)
ガク、っと肩を落とす。
手掛かりはまるでないのだ。城にいないとなれば、今度は国中を探し回る羽目になる。カナチス中を、一人で、だ。しかし、城にいればいたで、何をしでかすつもりなのか……考えただけでも頭が痛い。
どっちにしろ嫌な選択だった。
「……頼む。いてくれ」
(グランティーヌ様さえ無事なら、あとは誰がどうなろうと知ったことかっ)
……部下というのは、上司に似るものなのである。
*****
「おお、素晴らしい!」
グランティーヌはご機嫌だった。城に着いてからというもの、とにかく歓迎ムード一色でもてはやされ、気分がいいのだ。
「お召し換えを」
そう言われて、用意された服はカナチス独特のデザインドレス。一体いつの間に用意したのか、サイズもぴったりなのだ。着替えが終わる頃、双子たちがエスコートのためグランティーヌを迎えに部屋を訪れた。
「なんと、可愛らしい!」
ヒューリスがパン、と手を叩く。そう言われればグランティーヌとて悪い気はしない。
「ね、兄上?」
が、クリムはそっぽを向いたまま何も答えなかった。その顔は心なしか赤らんでいるのだが……。
「さぁ、ではディナーにご案内いたします」
スッ、と腕を出すヒューリス。おずおずとクリムも腕を差し出した。グランティーヌは真ん中に入ると、両腕を二人に絡ませ、にんまりと笑った。
「ここからが勝負じゃ。二人とも、よいな?」
コクリ、双子が頷いた。
シンプルな作りのフラテスと違い、カナチスの装飾品は豪華絢爛で、グランティーヌの目を楽しませた。広い廊下を双子にエスコートされ、客間の扉が大きく開く。中には、より一層きらびやかな装飾品たち。そして数々の料理が所狭しと大きなテーブルを埋め尽くしていた。
「おおっ」
その匂いに触発されるようにグランティーヌのお腹が鳴る。すぅ、と大きく息を吐き、グランティーヌはお決まりのポーズをとった。
「今宵は突然の訪問にもかかわらず、このような素晴らしい歓迎をいただき恭悦至極に存じます。国王ハイル様には、父が大変お世話になっているとのこと。重ねて、御礼申し上げまする」
あえて見合いの話はしない。ここからどうやって奴の鼻をへし折るか、そこが問題だ。グランティーヌは心の中でほくそ笑む。
すっ、と頭を上げ、ハイルを見た。噂には聞いていたが、実際に会って話すのはもちろん今日が初めてである。……と、意外にも見た目は普通だった。双子の面影を残すその目元は優しく、生やしている髭にもいやらしさや不潔感はない。グランティーヌはもっと、見るからに悪党面しているものだと思っていたのだ。
「ほぅ、そなたがジーアの娘か。噂通り、サナ殿にそっくりだな」
「母上をご存知なのですか?」
これは意外だった。父、ジーアとハイルは悪友同士であると、昔リース卿に聞いたことがあった。母は若くして死んでいる。と、いうことはそれ以前の知り合いということになるのだ。
「ああ、よく知っているとも。それは美しく、心の優しい素晴らしい女性だった」
ふと天井を見遣る。つかの間、ハイルの母に対する特別な感情が垣間見えた。
と、強い、冷たい視線を感じ、目を遣る。視線の先にいたのは女性。明らかに敵意のあるその目つきは、グランティーヌを射抜いていた。目が合うと、慌てて笑顔を作ったが、その瞳は笑ってなどいなかった。
「紹介しよう。家内のエリーナだ」
(双子の母親か……)
言われてみれば面差しは似ている。が、何なのだろう、この違和感は。
「さて、皆揃ったところで食事を始めようではないか。さ、席について」
本当にこれが腹黒いことで有名なハイル・ザムエなのだろうか? 后であるエリーナの方がよっぽど何かを企んでいるような怪しい匂いを感じるのだ。
そんなグランティーヌをよそに和やかな雰囲気で食事は進み、デザートを食べ終わる頃になると、おもむろにハイルが切り出した。
「で、姫はどちらの息子と結婚したいと思っているのかね?」
ブッ、と三人同時にむせる。
本題を切り出したのは国王本人だったのだ。
一人宿屋で途方に暮れていた。
グランティーヌは戻らない。早馬は当に着いたはずなのに城からの迎えも、今のところない。動くに動けず部屋の中をただひたすらうろつき回っていたのである。
「あああっ、俺はどうすりゃいいんだーっ」
頭を抱え、何度目かの雄叫びを漏らした。
「このまま待ってるしかないのか、俺はっ」
何度かグランティーヌを探しに外へ出ようと思ったのだが、断念した。どこへ向かっていいのかわからないからだ。
宿屋の主人は釣りに行ったと言うし、しかしながらこの辺りに釣りが出来るだけの川などない。街を出て郊外へ行ったとは考えにくく、かといって本当にカナチス城に行ったとも考え……たくはなかった。
「俺はグランティーヌ様のように勢いだけで行動できるほど子供じゃないんだっ!」
自分で考えて冷静に動けるほど大人ではないデュラであった。
コンコン、とノックの音。はっ、と我に返り、扉に駆け寄った。
「ティンっ?」
ガチャ、と勢いよく扉を開けると、宿屋の主人が目を丸くして立っていた。
「……あ、失礼。何か?」
慌てて冷静さを取り戻すデュラ。
(いかん。こんなことでオタオタしていたら、オウル様に怒られてしまう)
『近衛はいかなるときも慌てず騒がず冷静に物事を判断せねばならんのだぞ、デュラ』
近衛隊長オウルの口癖をもう一度心に刻み込む。とはいえ、グランティーヌが行方不明になってから何度刻み込んだかわからないほどなのだが……。
「あの、今、遣いの者が見えましてこれを、」
伝報っ!
「すまんっ!」
主人からひったくるようにして取り上げるとガサガサと広げ、読み上げた。
『デュラへ
早馬の知らせ、ご苦労。
が、グランティーヌが城を出たことは初めから承知のことである。
好きにやらせてやってくれ。
面倒をかけるが、宜しく頼む。
ジーア』
一度、読み。
二度、読み。
三度、読む。
今度はひっくり返して裏を見る。
光に透かして見る。
……書いてあるのはこれだけだ。
「嘘だろ、おい……」
力なくその場に座り込み、うなだれる。
手紙には具体的な事など何も書いていない。グランティーヌの好きにさせろ、ということと、宜しく頼む、ということだけだ。宜しく、とはまたなんと都合のいい言葉だろう。デュラには何が宜しくで何を頼まれたのか全くわからなかった。
「陛下……私はどうすればいいのですっ!」
思わず手紙に向かって声を荒げる。実は特殊な構造で出来ている手紙で、話し掛けるとフラテスのジーアに声が届くのだ! ……などということはありえなかった。手紙は黙っている。黙って、デュラを見つめて(?)いる。
デュラは大きく息を吐いた。手紙を出す人物を間違えた事に今更ながら気付いたのだ。そう、手紙は自分の上司であるオウルに出すべきだったのだ。そして彼の指示を仰ぐべきだった……。
「そうすれば、もう少しまともな返事だっただろうに」
言いたい放題である。
外を見る。
まさに夕日が沈もうとしていた。
暮れゆく空は赤と紫と黒のグラデーションを奏で、とても美しかった。
「……行こう」
デュラは重たい腰をあげ、立ち上がった。フラテスから迎えが来ないのなら、自力で帰らねばならない。帰るためにはグランティーヌを探さなければならない。単純な方程式だ。ついでにグランティーヌのやらかすことを黙って見守らなければならないのだ。
(これも仕事。これも仕事)
国王直々に命を受けているのだから諦めるしかない。デュラは覚悟を決めると主人に馬車と馬一頭を預け『赤い金魚亭』をあとにした。国王からの書状を胸に、カナチス城へ向かう。これを見せれば怪しまれずに門をくぐらせてもらえるはずだ。
「グランティーヌ様がいなければ挨拶だけして帰ればいいし……って、」
(いなきゃ困るんじゃないかっ!)
ガク、っと肩を落とす。
手掛かりはまるでないのだ。城にいないとなれば、今度は国中を探し回る羽目になる。カナチス中を、一人で、だ。しかし、城にいればいたで、何をしでかすつもりなのか……考えただけでも頭が痛い。
どっちにしろ嫌な選択だった。
「……頼む。いてくれ」
(グランティーヌ様さえ無事なら、あとは誰がどうなろうと知ったことかっ)
……部下というのは、上司に似るものなのである。
*****
「おお、素晴らしい!」
グランティーヌはご機嫌だった。城に着いてからというもの、とにかく歓迎ムード一色でもてはやされ、気分がいいのだ。
「お召し換えを」
そう言われて、用意された服はカナチス独特のデザインドレス。一体いつの間に用意したのか、サイズもぴったりなのだ。着替えが終わる頃、双子たちがエスコートのためグランティーヌを迎えに部屋を訪れた。
「なんと、可愛らしい!」
ヒューリスがパン、と手を叩く。そう言われればグランティーヌとて悪い気はしない。
「ね、兄上?」
が、クリムはそっぽを向いたまま何も答えなかった。その顔は心なしか赤らんでいるのだが……。
「さぁ、ではディナーにご案内いたします」
スッ、と腕を出すヒューリス。おずおずとクリムも腕を差し出した。グランティーヌは真ん中に入ると、両腕を二人に絡ませ、にんまりと笑った。
「ここからが勝負じゃ。二人とも、よいな?」
コクリ、双子が頷いた。
シンプルな作りのフラテスと違い、カナチスの装飾品は豪華絢爛で、グランティーヌの目を楽しませた。広い廊下を双子にエスコートされ、客間の扉が大きく開く。中には、より一層きらびやかな装飾品たち。そして数々の料理が所狭しと大きなテーブルを埋め尽くしていた。
「おおっ」
その匂いに触発されるようにグランティーヌのお腹が鳴る。すぅ、と大きく息を吐き、グランティーヌはお決まりのポーズをとった。
「今宵は突然の訪問にもかかわらず、このような素晴らしい歓迎をいただき恭悦至極に存じます。国王ハイル様には、父が大変お世話になっているとのこと。重ねて、御礼申し上げまする」
あえて見合いの話はしない。ここからどうやって奴の鼻をへし折るか、そこが問題だ。グランティーヌは心の中でほくそ笑む。
すっ、と頭を上げ、ハイルを見た。噂には聞いていたが、実際に会って話すのはもちろん今日が初めてである。……と、意外にも見た目は普通だった。双子の面影を残すその目元は優しく、生やしている髭にもいやらしさや不潔感はない。グランティーヌはもっと、見るからに悪党面しているものだと思っていたのだ。
「ほぅ、そなたがジーアの娘か。噂通り、サナ殿にそっくりだな」
「母上をご存知なのですか?」
これは意外だった。父、ジーアとハイルは悪友同士であると、昔リース卿に聞いたことがあった。母は若くして死んでいる。と、いうことはそれ以前の知り合いということになるのだ。
「ああ、よく知っているとも。それは美しく、心の優しい素晴らしい女性だった」
ふと天井を見遣る。つかの間、ハイルの母に対する特別な感情が垣間見えた。
と、強い、冷たい視線を感じ、目を遣る。視線の先にいたのは女性。明らかに敵意のあるその目つきは、グランティーヌを射抜いていた。目が合うと、慌てて笑顔を作ったが、その瞳は笑ってなどいなかった。
「紹介しよう。家内のエリーナだ」
(双子の母親か……)
言われてみれば面差しは似ている。が、何なのだろう、この違和感は。
「さて、皆揃ったところで食事を始めようではないか。さ、席について」
本当にこれが腹黒いことで有名なハイル・ザムエなのだろうか? 后であるエリーナの方がよっぽど何かを企んでいるような怪しい匂いを感じるのだ。
そんなグランティーヌをよそに和やかな雰囲気で食事は進み、デザートを食べ終わる頃になると、おもむろにハイルが切り出した。
「で、姫はどちらの息子と結婚したいと思っているのかね?」
ブッ、と三人同時にむせる。
本題を切り出したのは国王本人だったのだ。