甘苦とコンプレックス・ラブ
#10 B1Fのライブハウスにて
○ライブ当日、繁華街の雑居ビル前。ライブハウスは地下1階にある。
まな、若干緊張して立っている。スクエアネックの黒いトップスにスキニーデニム、ローヒールのパンプス。髪はゆるいハーフアップ。
まな(さゆが急に来れなくなっちゃったから、結局一人かあ)
まな、ゆっくりと地下に続く階段を下りていく。がやがやと騒がしい。会場であるライブハウスに続く扉の近くで、留依と柄の悪い男性がタバコ片手に談笑している。
留依「あっ、まなちゃん。来てくれたんだぁ」
まな(タバコなんて、吸うんだ。イメージと全然違う)
留依「これ、たまに吸いたくなるの。ボーカルだから、ほんとはだめなんだけどね」
男性「もしかして、噂の凛太郎の彼女? あいつなら中にいるよ」
まな「はい……ありがとうございます」
まな(なんか、知らない世界。凛太郎も別人みたいだったらどうしよう)
○ライブハウス会場内
まな、重い扉を開けてきょろきょろする。
まな(凛太郎、どこかな。着いたってLINEしとかなきゃ)
男性1「あれ、軽音の子じゃないよね? 友達探してんの?」
まな、突然背後から肩を叩かれる。知らない男性が二人、ビールの瓶を片手に立っている。
まな「えっと……あの、凛太郎って」
男性2「もしかして凛太郎の彼女? うわ、めっちゃ可愛いじゃん」
男性1「なんか飲む?」
男性1、まなの腕をぐっと掴む。まな、怖くて声が出ない。
男性2「おい、びっくりしてるだろ。触るのはまずいって」
男性1「だって、マジで可愛いんだもん。ちょっと触るくらい、別に」
悟「せんぱーい、触っちゃだめですって。凛太郎に殺されますよ」
悟が突然現れて、男性1の手を払いのける。
男性2「悟、もうすぐ本番だろ。なにやってんだよ」
悟「先輩たちがナンパしてるのが見えて、つい来ちゃいました」
悟の満面の笑みに、男性たちがたじろぐ。男性たち、そのまま会場を出て行く。
悟「モテない人って、どうして可愛い女の子に群がるんだろうね。気持ち悪いよね」
まな「悟くん……」
悟「凛太郎なら、さっき外に出ちゃったみたい。すぐ戻ってくると思うけど」
悟は黒っぽいシャツにジーンズという服装。髪もいつもよりきちんとセットされている。
悟「嬉しいな。ちゃんとスタートに間に合うように来てくれたんだ?」
悟、近くのドリンクカウンター内の女性に向かってなにか注文する。出てきた紙コップをまなに手渡す。
悟「大丈夫、お酒じゃないから」
悟「それじゃ、俺はそろそろ出番だから。楽しみにしてて」
まな、恐る恐るドリンクを飲む。ただのオレンジジュースなことに安堵していると、扉近くに立つ凛太郎の姿が目に入る。
駆け寄ろうとするが、隣に留依がいることに気づいて足を止める。
凛太郎、まなに気づいて小走りで駆け寄ってくる。
凛太郎「おまえ、一人なのかよ」
まな「……さゆが来れなくなっちゃって」
凛太郎「ならちゃんと言えよ。駅まで迎えに行ったのに」
凛太郎、まなが持っている紙コップに気づいて血相を変える。
凛太郎「これ、まさか酒じゃないよな?!」
まな「ち、違うよ。さっき、悟くんがくれて」
凛太郎 「……また、悟かよ」
凛太郎が不機嫌そうに呟いて、まなの手をぎゅっと握る。
凛太郎「ほんと、危なっかしくてほっとけない。ずっと見張っとけたらいいんだけど」
まな、驚いたように顔を上げる。
凛太郎「荷物、それだけ?」
まな「えっと……駅のロッカーに預けてきた。重いし」
凛太郎「最後までいろよ。帰りは荷物持ってやるから」
凛太郎、耳元で囁く。まな、顔を赤くして頷く。
凛太郎「そういえば、どうしてこんなに早く来たんだ? 俺の出番までだいぶあるけど」
まな「あ……」
まな(悟くんに言われたことを教えたら、雰囲気が悪くなっちゃうかな)
まなが言い淀んでいると、ステージがパッと明るくなる。ステージ前に人だかりができて、悟のハイトーンボイスが響き渡る。
凛太郎「ああ、そういうこと。悟を見に来たのか」
凛太郎が、握っていたまなの手を払う。
まな「俺トップバッターだからって言われて……無視するのも、感じ悪いかなって」
凛太郎「悟にどう思われてもいいだろ。嫌われたくない理由でもあんのかよ」
凛太郎、会場を出て行ってしまう。まな、引き止めようとするがうまくいかない。
ステージ上では、悟が歌っている。
まな(こんなときなのに)
まな(悟くんの歌声は、耳に入ってきてしまうんだな)
○会場の外、喫煙スペース近く
凛太郎(いったいなんなんだよ、悟の奴。まなのこと、マジで狙ってるのか?)
凛太郎、会場を出る。留依と男の先輩が数人、喫煙スペースにたむろしている。
留依「凛太郎も吸う? おいしいの、これ。バニラ味」
留依が背伸びしてタバコを凛太郎の口元に持っていくが、凛太郎は嫌そうに手で払う。
凛太郎「俺はいいです。タバコ、好きじゃないんで」
留依「なぁにそれ、未成年のくせに生意気」
凛太郎「ライブ始まりましたけど、中入らなくていいんですか」
留依「だって悟、わたしのこと大嫌いだもん。だからわたしも嫌い。あ、でも」
留依「声と見た目は好き」
先輩1「あいつ、ちょっと変わってるもんな」
先輩2「部長がめちゃくちゃ推すから仕方ないけど、1年生がトップバッターって、なあ」
凛太郎、曖昧に微笑んでその場を後にする。
凛太郎(わかってる。悟の歌声がとんでもなく魅力的だってことは)
凛太郎(だからこそ、こんなに腹が立つんだ)
凛太郎(まながあいつの歌声に惹かれているのが許せない)
凛太郎(他の男のどんな部分にだって惹かれてほしくない。俺のことだけを見ていてほしい)
○ライブハウス会場内
まな、ぼんやりとステージを眺めている。悟のバンドの演奏は終わっている。
まな(どうしていつも、怒らせてしまうんだろう)
暗がりから悟がすっと現れる。
悟「まなちゃん、最初、全然聴いてなかったでしょ」
まな「聴いてたよ。悟くんの声、どうしたって耳に入るもん」
悟、一瞬息を呑んで目を丸くする。
悟「それ、告白?」
まな「なんでそうなるの」
悟「ボーカリストにとっては、それ、告白みたいなもんだから」
まな「えっ、そんなつもりじゃ」
悟「完全に不意打ちだよ。まなちゃんにそんなこと言ってもらえたら、俺……」
悟、口元を手で覆って、続きを言い淀む。顔を赤くしている。
まなが焦ってなにか言おうとしたとき、右肩を強く掴まれる。振り向くと、凛太郎が立っている。
凛太郎「ったく、油断も隙もないな。おまえは」
悟「あれ、もしかして怒ってる? まなちゃんを一人にするほうが悪いんじゃん」
凛太郎、悟を一瞥してため息をつく。
凛太郎「まな、ちょっと来い」
凛太郎がまなの手を引っ張り、また会場を出ていく。会場外のロッカースペースにまなを連れ込む。
まな「凛太郎、あの」
凛太郎、なにも答えずにまなをきつく抱きしめて何度もキスする。
まな(すぐそこに誰かいて、ちょっとでも動いたら見えちゃうのに)
まな(こんなの、いつもの凛太郎らしくない)
凛太郎「悟に近づくなよ、頼むから」
凛太郎、余裕のない表情で囁く。
まな「あの……誰かに、見られちゃうんじゃ」
凛太郎「こんなところ、誰も来ない」
まな「でも、あっ……もう、だめだってば」
凛太郎、まなの首筋を強く吸い上げる。まな、目を瞑って凛太郎の服をぎゅっと掴む。
凛太郎「まな、俺……」
凛太郎がなにか言いかけたとき、部員の声がする。
部員1「凛太郎見なかった? ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」
部員2「さっき見たけど。彼女っぽい子連れて」
部員1「マジかよ、抜けたわけじゃねえだろうな」
まなが焦っていると、足音が遠ざかっていく。凛太郎、まなの髪を優しく撫でて腕を解く。
凛太郎「俺が先に出る。またあとで」
まな、その場に取り残される。力が抜けてその場にへたり込む。
まな、若干緊張して立っている。スクエアネックの黒いトップスにスキニーデニム、ローヒールのパンプス。髪はゆるいハーフアップ。
まな(さゆが急に来れなくなっちゃったから、結局一人かあ)
まな、ゆっくりと地下に続く階段を下りていく。がやがやと騒がしい。会場であるライブハウスに続く扉の近くで、留依と柄の悪い男性がタバコ片手に談笑している。
留依「あっ、まなちゃん。来てくれたんだぁ」
まな(タバコなんて、吸うんだ。イメージと全然違う)
留依「これ、たまに吸いたくなるの。ボーカルだから、ほんとはだめなんだけどね」
男性「もしかして、噂の凛太郎の彼女? あいつなら中にいるよ」
まな「はい……ありがとうございます」
まな(なんか、知らない世界。凛太郎も別人みたいだったらどうしよう)
○ライブハウス会場内
まな、重い扉を開けてきょろきょろする。
まな(凛太郎、どこかな。着いたってLINEしとかなきゃ)
男性1「あれ、軽音の子じゃないよね? 友達探してんの?」
まな、突然背後から肩を叩かれる。知らない男性が二人、ビールの瓶を片手に立っている。
まな「えっと……あの、凛太郎って」
男性2「もしかして凛太郎の彼女? うわ、めっちゃ可愛いじゃん」
男性1「なんか飲む?」
男性1、まなの腕をぐっと掴む。まな、怖くて声が出ない。
男性2「おい、びっくりしてるだろ。触るのはまずいって」
男性1「だって、マジで可愛いんだもん。ちょっと触るくらい、別に」
悟「せんぱーい、触っちゃだめですって。凛太郎に殺されますよ」
悟が突然現れて、男性1の手を払いのける。
男性2「悟、もうすぐ本番だろ。なにやってんだよ」
悟「先輩たちがナンパしてるのが見えて、つい来ちゃいました」
悟の満面の笑みに、男性たちがたじろぐ。男性たち、そのまま会場を出て行く。
悟「モテない人って、どうして可愛い女の子に群がるんだろうね。気持ち悪いよね」
まな「悟くん……」
悟「凛太郎なら、さっき外に出ちゃったみたい。すぐ戻ってくると思うけど」
悟は黒っぽいシャツにジーンズという服装。髪もいつもよりきちんとセットされている。
悟「嬉しいな。ちゃんとスタートに間に合うように来てくれたんだ?」
悟、近くのドリンクカウンター内の女性に向かってなにか注文する。出てきた紙コップをまなに手渡す。
悟「大丈夫、お酒じゃないから」
悟「それじゃ、俺はそろそろ出番だから。楽しみにしてて」
まな、恐る恐るドリンクを飲む。ただのオレンジジュースなことに安堵していると、扉近くに立つ凛太郎の姿が目に入る。
駆け寄ろうとするが、隣に留依がいることに気づいて足を止める。
凛太郎、まなに気づいて小走りで駆け寄ってくる。
凛太郎「おまえ、一人なのかよ」
まな「……さゆが来れなくなっちゃって」
凛太郎「ならちゃんと言えよ。駅まで迎えに行ったのに」
凛太郎、まなが持っている紙コップに気づいて血相を変える。
凛太郎「これ、まさか酒じゃないよな?!」
まな「ち、違うよ。さっき、悟くんがくれて」
凛太郎 「……また、悟かよ」
凛太郎が不機嫌そうに呟いて、まなの手をぎゅっと握る。
凛太郎「ほんと、危なっかしくてほっとけない。ずっと見張っとけたらいいんだけど」
まな、驚いたように顔を上げる。
凛太郎「荷物、それだけ?」
まな「えっと……駅のロッカーに預けてきた。重いし」
凛太郎「最後までいろよ。帰りは荷物持ってやるから」
凛太郎、耳元で囁く。まな、顔を赤くして頷く。
凛太郎「そういえば、どうしてこんなに早く来たんだ? 俺の出番までだいぶあるけど」
まな「あ……」
まな(悟くんに言われたことを教えたら、雰囲気が悪くなっちゃうかな)
まなが言い淀んでいると、ステージがパッと明るくなる。ステージ前に人だかりができて、悟のハイトーンボイスが響き渡る。
凛太郎「ああ、そういうこと。悟を見に来たのか」
凛太郎が、握っていたまなの手を払う。
まな「俺トップバッターだからって言われて……無視するのも、感じ悪いかなって」
凛太郎「悟にどう思われてもいいだろ。嫌われたくない理由でもあんのかよ」
凛太郎、会場を出て行ってしまう。まな、引き止めようとするがうまくいかない。
ステージ上では、悟が歌っている。
まな(こんなときなのに)
まな(悟くんの歌声は、耳に入ってきてしまうんだな)
○会場の外、喫煙スペース近く
凛太郎(いったいなんなんだよ、悟の奴。まなのこと、マジで狙ってるのか?)
凛太郎、会場を出る。留依と男の先輩が数人、喫煙スペースにたむろしている。
留依「凛太郎も吸う? おいしいの、これ。バニラ味」
留依が背伸びしてタバコを凛太郎の口元に持っていくが、凛太郎は嫌そうに手で払う。
凛太郎「俺はいいです。タバコ、好きじゃないんで」
留依「なぁにそれ、未成年のくせに生意気」
凛太郎「ライブ始まりましたけど、中入らなくていいんですか」
留依「だって悟、わたしのこと大嫌いだもん。だからわたしも嫌い。あ、でも」
留依「声と見た目は好き」
先輩1「あいつ、ちょっと変わってるもんな」
先輩2「部長がめちゃくちゃ推すから仕方ないけど、1年生がトップバッターって、なあ」
凛太郎、曖昧に微笑んでその場を後にする。
凛太郎(わかってる。悟の歌声がとんでもなく魅力的だってことは)
凛太郎(だからこそ、こんなに腹が立つんだ)
凛太郎(まながあいつの歌声に惹かれているのが許せない)
凛太郎(他の男のどんな部分にだって惹かれてほしくない。俺のことだけを見ていてほしい)
○ライブハウス会場内
まな、ぼんやりとステージを眺めている。悟のバンドの演奏は終わっている。
まな(どうしていつも、怒らせてしまうんだろう)
暗がりから悟がすっと現れる。
悟「まなちゃん、最初、全然聴いてなかったでしょ」
まな「聴いてたよ。悟くんの声、どうしたって耳に入るもん」
悟、一瞬息を呑んで目を丸くする。
悟「それ、告白?」
まな「なんでそうなるの」
悟「ボーカリストにとっては、それ、告白みたいなもんだから」
まな「えっ、そんなつもりじゃ」
悟「完全に不意打ちだよ。まなちゃんにそんなこと言ってもらえたら、俺……」
悟、口元を手で覆って、続きを言い淀む。顔を赤くしている。
まなが焦ってなにか言おうとしたとき、右肩を強く掴まれる。振り向くと、凛太郎が立っている。
凛太郎「ったく、油断も隙もないな。おまえは」
悟「あれ、もしかして怒ってる? まなちゃんを一人にするほうが悪いんじゃん」
凛太郎、悟を一瞥してため息をつく。
凛太郎「まな、ちょっと来い」
凛太郎がまなの手を引っ張り、また会場を出ていく。会場外のロッカースペースにまなを連れ込む。
まな「凛太郎、あの」
凛太郎、なにも答えずにまなをきつく抱きしめて何度もキスする。
まな(すぐそこに誰かいて、ちょっとでも動いたら見えちゃうのに)
まな(こんなの、いつもの凛太郎らしくない)
凛太郎「悟に近づくなよ、頼むから」
凛太郎、余裕のない表情で囁く。
まな「あの……誰かに、見られちゃうんじゃ」
凛太郎「こんなところ、誰も来ない」
まな「でも、あっ……もう、だめだってば」
凛太郎、まなの首筋を強く吸い上げる。まな、目を瞑って凛太郎の服をぎゅっと掴む。
凛太郎「まな、俺……」
凛太郎がなにか言いかけたとき、部員の声がする。
部員1「凛太郎見なかった? ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」
部員2「さっき見たけど。彼女っぽい子連れて」
部員1「マジかよ、抜けたわけじゃねえだろうな」
まなが焦っていると、足音が遠ざかっていく。凛太郎、まなの髪を優しく撫でて腕を解く。
凛太郎「俺が先に出る。またあとで」
まな、その場に取り残される。力が抜けてその場にへたり込む。