甘苦とコンプレックス・ラブ
#11 突然のキス
○ライブハウス会場内
ステージ上は暗転している。次は凛太郎と留依のバンドの出番のため、二人の姿がステージ下に見える。
まな、知り合いの軽音楽部員の女の子と喋っている。
女の子「1年生の中でも、凛太郎くんと悟は特にバンド数が多いんだよね」
女の子「ほら、凛太郎くんって、留依さんに気に入られてるから」
女の子「まなも気が気じゃないでしょ。留依さんって、見た目はあれだけど中身は超肉食系だし」
まな(やだな、見たくないな。二人が並んでるのを見ると、辛くて泣いてしまいそうになる)
ステージ上が明るくなり、留依の歌声が響き渡る。がやがやしていた会場が静かになる。
男性1「あの見た目にあの声はずるいよな。性格知っててもときめいちゃう」
男性2「正直、留依ちゃんに誘われたら断れる自信ねえわ」
男性3「心配すんなって。イケメンしか狙わないから」
まな(本当に、妖精みたいに可愛いな。留依さんって)
留依、ときどき首を傾げて凛太郎に微笑みかけている。凛太郎は曖昧に応えながらベースを弾いている。
まな(容姿の良さは、持って生まれた才能。わたしみたいな凡人がいくら努力したって無駄なんだ)
まな(凛太郎と付き合えたのは、わたしたちが幼なじみだから)
まな(ねえ、キスじゃわかんないよ。どうして悟くんに近づいちゃだめなの?)
まな(100人に1回ずつ可愛いって言ってもらうより、凛太郎に100回可愛いって言ってもらいたい。他の人の言葉なんて、いらない)
まな(大好きな人の言葉しか聞こえない。「好き」って、そういうことじゃないの?)
凛太郎と留依のバンドの演奏が終わり、ステージが暗転する。会場内が薄明るくなる。
留依「次、凛太郎と悟のバンドだね」
留依、いつの間にかまなの背後に立っている。
留依「あの二人、音楽の趣味は全然違うのに、なぜか相性いいんだよね」
まな「そう、なんですか」
留依「ねぇ、さっき、見ちゃった。凛太郎って意外と大胆なんだね」
留依、内緒話をするみたいに声を顰める。まなの顔が一気に赤くなる。
留依「大丈夫。わたししか見てないから」
まな「すみません、あんなところで、その」
留依「いいの。それより、まなちゃんが羨ましくなっちゃった」
留依「いいなぁ」
会場内が暗くなり、ステージがパッと明るくなる。凛太郎と悟のバンドの演奏が始まる。
留依「あっ、始まった。もう少し前に行かない?」
留依、まなの服の裾を摘む。まな、少し前に出る。
まな(さっきの言葉、どういう意味ですか?)
まな(留依さんは、やっぱり凛太郎のことが……)
悟が歌い始める。まな、思わずステージを見つめる。悟と目が合う。悟がまなに向かって微笑む。
まな(まるで、今度は俺のことちゃんと見ててよ、って言っているみたいに──)
凛太郎、ほとんど身体を動かさずにベースを弾いているが、留依とのバンドのときより楽しそうに笑っている。
まな、聴いているとわくわくしてきて、音に乗って身体を揺らす。
まな(すごいな。どんどん音楽の世界に惹き込まれていく)
大盛況の中、演奏が終わる。演奏を終えた凛太郎、悟、ヤス(ドラム担当の先輩)がステージから下りてくる。
三人がまなと留依の方に歩いてくる。
まな(凛太郎も悟くんも、このバンドでラストだったはず)
まな(すごく良かったよって早く伝えたい。伝えなきゃ)
留依「凛太郎、すっごく良かった。わたしと演(や)るときも、あれくらい本気出してよね」
まなが凛太郎に話しかけようとした瞬間、留依が小走りで凛太郎に駆け寄っていく。
凛太郎「……どうも。別に、やる気がなかったわけじゃないですよ」
まな、凛太郎と目が合う。
凛太郎「まな、俺、これで出番終わりだから──」
突然、留依が背伸びして凛太郎の首に腕を回す。そのまま、留依が凛太郎の唇の端にキスをする。
まな、目の前で起こったことが理解できず固まる。
悟「まなちゃん、まなちゃん!」
まな、悟に思いきり肩を揺さぶられて我に返る。
悟「まなちゃん、大丈夫?」
まな「う、うん……」
まな(今の、目の錯覚かな。暗いから、見間違えたのかな)
まな、凛太郎を見る。凛太郎、唇の端を強く拭っている。
留依「そんな反応されるとショックだなぁ。唇はギリギリ外したのに」
まな(嘘、でしょ)
まな、ショックで泣きそうになる。凛太郎がなにかを言おうとするが、まなは黙って会場を出る。
まな(この空気を、一秒でも長く吸っていたくない)
凛太郎(なにが起こったんだ?)
凛太郎(そうだ、まなを追いかけないと)
凛太郎(あいつが見ている前で、あんな……くそっ)
悟「……おい、マジでふざけてんのかよ」
悟、留依を睨みつける。
留依「なぁに、悟。ムキになっちゃって」
悟「本当に性格の悪い女だな」
留依「なによ、それ」
悟「引っ掻き回すのはサークル内だけにしといたらどうです? まなちゃんは関係ないでしょ」
ヤス「まあまあ、悟。落ち着いて。留依ちゃんもちょっとふざけすぎ」
悟「ヤスさんは黙っててください」
留依「ねぇ、前から思ってたんだけど……悟ってわたしのこと、本当に嫌いだよね」
悟「大嫌いですよ。今更ですか?」
悟、凛太郎に向き直って睨みつける。
悟「かわせよ、あんなキスくらい」
悟「大事にできないなら、やっぱり俺がもらう」
悟、会場を出ていく。
凛太郎(だめだ)
凛太郎(あいつを追いかけるのは、彼氏である俺の役目なんだよ)
留依「凛太郎」
会場を出て行こうとした凛太郎が、振り返ってため息をつく。
凛太郎「俺、留依さんとのバンド、抜けます。ベースは他の人当たってください」
凛太郎、会場を出ていく。
ステージ上は暗転している。次は凛太郎と留依のバンドの出番のため、二人の姿がステージ下に見える。
まな、知り合いの軽音楽部員の女の子と喋っている。
女の子「1年生の中でも、凛太郎くんと悟は特にバンド数が多いんだよね」
女の子「ほら、凛太郎くんって、留依さんに気に入られてるから」
女の子「まなも気が気じゃないでしょ。留依さんって、見た目はあれだけど中身は超肉食系だし」
まな(やだな、見たくないな。二人が並んでるのを見ると、辛くて泣いてしまいそうになる)
ステージ上が明るくなり、留依の歌声が響き渡る。がやがやしていた会場が静かになる。
男性1「あの見た目にあの声はずるいよな。性格知っててもときめいちゃう」
男性2「正直、留依ちゃんに誘われたら断れる自信ねえわ」
男性3「心配すんなって。イケメンしか狙わないから」
まな(本当に、妖精みたいに可愛いな。留依さんって)
留依、ときどき首を傾げて凛太郎に微笑みかけている。凛太郎は曖昧に応えながらベースを弾いている。
まな(容姿の良さは、持って生まれた才能。わたしみたいな凡人がいくら努力したって無駄なんだ)
まな(凛太郎と付き合えたのは、わたしたちが幼なじみだから)
まな(ねえ、キスじゃわかんないよ。どうして悟くんに近づいちゃだめなの?)
まな(100人に1回ずつ可愛いって言ってもらうより、凛太郎に100回可愛いって言ってもらいたい。他の人の言葉なんて、いらない)
まな(大好きな人の言葉しか聞こえない。「好き」って、そういうことじゃないの?)
凛太郎と留依のバンドの演奏が終わり、ステージが暗転する。会場内が薄明るくなる。
留依「次、凛太郎と悟のバンドだね」
留依、いつの間にかまなの背後に立っている。
留依「あの二人、音楽の趣味は全然違うのに、なぜか相性いいんだよね」
まな「そう、なんですか」
留依「ねぇ、さっき、見ちゃった。凛太郎って意外と大胆なんだね」
留依、内緒話をするみたいに声を顰める。まなの顔が一気に赤くなる。
留依「大丈夫。わたししか見てないから」
まな「すみません、あんなところで、その」
留依「いいの。それより、まなちゃんが羨ましくなっちゃった」
留依「いいなぁ」
会場内が暗くなり、ステージがパッと明るくなる。凛太郎と悟のバンドの演奏が始まる。
留依「あっ、始まった。もう少し前に行かない?」
留依、まなの服の裾を摘む。まな、少し前に出る。
まな(さっきの言葉、どういう意味ですか?)
まな(留依さんは、やっぱり凛太郎のことが……)
悟が歌い始める。まな、思わずステージを見つめる。悟と目が合う。悟がまなに向かって微笑む。
まな(まるで、今度は俺のことちゃんと見ててよ、って言っているみたいに──)
凛太郎、ほとんど身体を動かさずにベースを弾いているが、留依とのバンドのときより楽しそうに笑っている。
まな、聴いているとわくわくしてきて、音に乗って身体を揺らす。
まな(すごいな。どんどん音楽の世界に惹き込まれていく)
大盛況の中、演奏が終わる。演奏を終えた凛太郎、悟、ヤス(ドラム担当の先輩)がステージから下りてくる。
三人がまなと留依の方に歩いてくる。
まな(凛太郎も悟くんも、このバンドでラストだったはず)
まな(すごく良かったよって早く伝えたい。伝えなきゃ)
留依「凛太郎、すっごく良かった。わたしと演(や)るときも、あれくらい本気出してよね」
まなが凛太郎に話しかけようとした瞬間、留依が小走りで凛太郎に駆け寄っていく。
凛太郎「……どうも。別に、やる気がなかったわけじゃないですよ」
まな、凛太郎と目が合う。
凛太郎「まな、俺、これで出番終わりだから──」
突然、留依が背伸びして凛太郎の首に腕を回す。そのまま、留依が凛太郎の唇の端にキスをする。
まな、目の前で起こったことが理解できず固まる。
悟「まなちゃん、まなちゃん!」
まな、悟に思いきり肩を揺さぶられて我に返る。
悟「まなちゃん、大丈夫?」
まな「う、うん……」
まな(今の、目の錯覚かな。暗いから、見間違えたのかな)
まな、凛太郎を見る。凛太郎、唇の端を強く拭っている。
留依「そんな反応されるとショックだなぁ。唇はギリギリ外したのに」
まな(嘘、でしょ)
まな、ショックで泣きそうになる。凛太郎がなにかを言おうとするが、まなは黙って会場を出る。
まな(この空気を、一秒でも長く吸っていたくない)
凛太郎(なにが起こったんだ?)
凛太郎(そうだ、まなを追いかけないと)
凛太郎(あいつが見ている前で、あんな……くそっ)
悟「……おい、マジでふざけてんのかよ」
悟、留依を睨みつける。
留依「なぁに、悟。ムキになっちゃって」
悟「本当に性格の悪い女だな」
留依「なによ、それ」
悟「引っ掻き回すのはサークル内だけにしといたらどうです? まなちゃんは関係ないでしょ」
ヤス「まあまあ、悟。落ち着いて。留依ちゃんもちょっとふざけすぎ」
悟「ヤスさんは黙っててください」
留依「ねぇ、前から思ってたんだけど……悟ってわたしのこと、本当に嫌いだよね」
悟「大嫌いですよ。今更ですか?」
悟、凛太郎に向き直って睨みつける。
悟「かわせよ、あんなキスくらい」
悟「大事にできないなら、やっぱり俺がもらう」
悟、会場を出ていく。
凛太郎(だめだ)
凛太郎(あいつを追いかけるのは、彼氏である俺の役目なんだよ)
留依「凛太郎」
会場を出て行こうとした凛太郎が、振り返ってため息をつく。
凛太郎「俺、留依さんとのバンド、抜けます。ベースは他の人当たってください」
凛太郎、会場を出ていく。