甘苦とコンプレックス・ラブ

#14 コンプレックスガール

○ライブから2週間後、駅から大学に続く道
 まな、自分のすぐ前に悟が歩いていることに気づく。
 まなの今日の格好は、小さめサイズのTシャツにスキニージーンズ、ゴールドの大きなフープピアス。髪はアップ。
まな(あ、悟くん)
まな(どうしよう。無視する? 抜かしちゃう? それはさすがに感じ悪いよね)
悟「まなちゃん」
 悟、突然立ち止まって振り向く。いつもと同じように笑っている。
まな「えっ」
悟「抜かすなら抜かしたらいいのに。ヒールの音ですぐわかったよ」
まな「悟くんって、本当に勘がいいよね」
悟「耳もいいんだよ。ほら、一応音楽やってるから」
 まなと悟、並んで歩く。
まな(あんなことがあった後だけど──悟くんは、もう気にしてないのかな)
悟「あの日のこと、凛太郎にめちゃくちゃ謝ったんだよね。ほら、バンド抜けられたら困るから」
 まな、言葉に詰まって悟の顔をおずおずと見る。
悟「でも、まなちゃんには謝らないよ」
悟「凛太郎には悪いことしたなって思うけど、まなちゃんに対しては思ってない。自分の気持ちを正直にぶつけただけだし」
まな「あんなこと、しておいて?」
悟「キスの一回くらい大したことじゃないでしょ。大げさだなあ」
 まなと悟、赤信号で止まる。
悟「俺が言ったこと、覚えてる? 全部本気だよ」
 まな、悟に言われたことを思い出す。
まな(──俺、まなちゃんが好きだよ)
まな(──俺ならこんな思いさせない。まなちゃんのコンプレックスも努力も、全部わかってあげる)
まな(──派手なくせに自分に自信がなくて、一生懸命で。そんなまなちゃんのことを、すごく可愛いと思ってる)
悟「答えを聞かせてほしい、とは言わないけど。わかりきってる答えなんて聞きたくないし」
 信号が青に変わって、悟がゆっくりと歩き始める。まなも追うように歩き始めるが、横断歩道の真ん中あたりで立ち止まる。
まな「悟くん。あの、言えてなかったんだけど……わたしのこと、そういうふうに思ってくれてありがとう」
 悟、驚いたように目を丸くする。
悟「えっ」
まな「あっ、ごめん。点滅してる、早く渡らないと」
 まなと悟、信号を早足で渡り切る。
まな「ほんとにありがとう。キスされたのは正直嫌だったけど、言ってくれたことは嬉しかった」
まな「あんなふうに誰かに言われたの、初めてだったから」
 悟、まなの顔をまじまじ見つめて、プッと吹き出す。
悟「いや、まなちゃん、必死すぎ」
悟「しかも、キスされたのは正直嫌だったけど、ってマジで正直すぎだし」
まな「だって、本当に嫌だったもん」
悟「そんなに嫌って言わないでよ。傷つくなあ」
 悟、こらえきれないように笑う。
悟「それで、まなちゃんのコンプレックス、少しは解消されたの?」
悟「凛太郎とはうまくいってるんでしょ?あいつ、あのライブのあとから妙に浮かれててさ」
まな「……それは、えっと」
悟「あ、やっぱ聞きたくないからいい。まなちゃん、相変わらず派手だけど……それ、やめないの?」
 悟、まなの頭のてっぺんからつま先までをじろりと見る。
まな(こういうファッションを凛太郎が嫌がるのは、わたしが一番よく知っている。でも)
まな「うん、やめない。だって、こういう格好が好きなんだもん」
悟「ふうん」
まな(大好きな凛太郎に可愛いって思われたい。メイクやファッションを好きになったのは、そんな思いがきっかけだった)
まな(悟くんが言ったように、「武装」だったのかもしれない。だけど、どうしてだろう)
まな(凛太郎の本当の気持ちを聞かせてもらったのに、自分の見た目を変える気にはなれない)
悟「凛太郎に嫌われてもやめないの? 俺もっと清楚な子がいい、って言い出すかも」
まな「凛太郎が嫌がってるのはわかってるの。だから、デートのときは少し控えめにしてるし」
悟「大丈夫だよ。あいつがまなちゃんを嫌いになることなんて、絶対にないから」
 悟、まなに笑いかけて小走りで去っていく。まな、その後ろ姿を見送る。
まな(凛太郎に嫌われない保証なんてどこにもない。それでも、わたしはわたしだ)
まな(きっかけは凛太郎だったけど、わたしは、「今のわたし」を結構気に入っているみたい)
まな(悪くないって思える自分をさらに好きになれるように、これからも想い続けてもらえる女の子でいられるように)
まな(わたしはわたし。コンプレックスや悩みが消えなくたって、凛太郎の言葉ひとつで、もっと素敵な女の子になっていける気がするの)

○同日、大学の食堂
 まなと凛太郎が向かい合ってお昼ご飯を食べている。
 凛太郎は牛丼大盛り、まなはサラダと小うどん。
凛太郎「別に、一緒に昼メシ食う必要ないだろ」
まな「わたしだって、凛太郎となんか食べたくないもん。今日はさゆがお休みだから、仕方なく」
凛太郎「俺だって、おまえみたいな無駄に目立つ奴と一緒にいたくねえよ。つうか、それで足りるのかよ」
まな「ちょっと太っちゃったから、ダイエットしてるの」
凛太郎「夏バテしても知らないからな。見た目に出てないんだから別にいいだろ」
まな(一緒にご飯を食べようとしてるだけなのに、なぜか言い合いになっちゃうんだよね)
凛太郎「まな、あのさ」
まな「なに? ダイエットはやめないからね」
凛太郎「そうじゃなくて……おまえ、来週誕生日だろ?」
 まな、サラダを食べる手を止める。
まな「すっかり忘れてた。たぶん、バイト入ってる」
凛太郎「自分の誕生日にバイト入れるってどういうことだよ。……俺がいるのに」
まな(もしかして、お祝いしてくれるつもり、だった?)
まな「だって、なにも言ってなかったじゃん。わたしのバイト先、シフトの締め切り早いし」
まな(それなら、素直に言ってくれればいいのに)
凛太郎「うるせえな。言わなくてもわかるだろ」
まな「わかるわけないでしょ」
凛太郎「わかれよ、それくらい。俺たち、付き合ってんだろ」
まな(あ、前にも同じこと言われたな。入学式の日、迎えに来てくれたときに)
まな「……うん。シフト、変わってもらう」
凛太郎「次の日は、遅番なら入れてもいいけど」
まな「遅番? なんで?」
凛太郎「だって、うちに泊まるだろ。早番は無理じゃねえの」
まな「とっ……もう、そういうことばかり考えてるの?」
凛太郎「そんなわけねえだろ! どっか行って、メシ食って、そのままうちに来るのかって思っただけだよ」
凛太郎「嫌なら来るな。別に、来てくれとは言ってねえし」
 凛太郎、不貞腐れて牛丼を駆け込む。まな、凛太郎をじっと見つめる。
まな「誕生日、一緒に過ごしてくれるの?」
凛太郎「当たり前だろ」
まな(19歳の誕生日──なにを着よう、どの靴を履こう。どんな髪型にして、どんなメイクにして、どのピアスを選ぼう)
まな(最近のわたしは、「可愛い」を作るとき、すごくわくわくしているの。背伸びばかりしていた自分に、やっと追いつけた気がして)
まな(凛太郎、お願い。わたしのこと、ずっと「可愛い」って言って。絶対に妥協なんかしないから)
まな(わたしはわたしのために、そしてあなたのために、死ぬまで可愛い自分でいたいの)
まな「どこに行くの?」
凛太郎「おまえの好きなところでいいから、考えておけよ」
まな「じゃあ、デパコス巡りでもいい? あとね、好きなリップがプラザ限定で」
凛太郎「却下。やっぱり俺が考える」
 凛太郎、ふっと頬を緩めて笑う。
凛太郎「ほんと、おまえはブレないな」
まな(だって、わたしはわたしだもん。凛太郎への気持ちも、「可愛い」を追求する気持ちも、絶対にブレたりしない)
まな(一生隣にいるから、覚悟しててね)
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