甘苦とコンプレックス・ラブ
#2 「付き合う」ってなに?
#2 「付き合う」ってなに?
○大学の入学式の日、まなの部屋
まなはドレッサーに座って必死でメイクしている。髪色は黒髪からミルクティー色になっている。
母「まな、凛太郎くん来てるけど」
まな「え、なんで?!」
母「なんでって、約束してたわけじゃないの?」
まな「してるわけないでしょ!」
まな、アイラインがずれそうになる。
凛太郎 「おい、もういいだろ。そんなに顔作ってどうするつもりだよ」
ドレッサーの鏡に凛太郎が映っている。壁にもたれかかっている。黒い細身のスーツ、左はロブに3つ、右はロブに2つとヘリックスに1つのピアス。
まな「勝手に入ってこないでよ。なんなの、突然」
凛太郎「入学式、一緒に行こうと思って」
凛太郎、部屋の中に入ってくる。まなの顔を見て苦々しい表情になる。
凛太郎「なんだよ、その髪色。バカなのかよ」
まな「凛太郎こそ、なによその耳。バカなの?」
凛太郎「は? かっこいいだろ」
まな「わたしのこの髪だって、可愛いでしょ」
凛太郎「大学デビュー丸出しでダサいだろ」
まな「そっちこそ、バカみたいに耳に穴開けちゃって」
凛太郎「いいだろ、俺は似合ってんだから」
まな、口をつぐんでしゅんとする。ドレッサーに向き直る。
凛太郎「どうでもいいけど、早くしろよ」
まな「うるさいなぁ、そんなに急いでるなら先に行けば?」
凛太郎、ため息をついてまなの髪を強く引っ張る。まな、「ひっ」と驚く。
まな「ちょっと、なんなの!」
凛太郎「……俺たち、付き合ってんだろ。だから、わざわざ迎えに来てやったのに」
まな、言葉を呑んで黙ってしまう。凛太郎は踵を返して部屋を出ていこうとする。
凛太郎「玄関で待ってっから」
まな、鏡の中の自分の顔をまじまじと眺める。お気に入りのリップで唇を彩る。
まな「凛太郎と並んでも恥ずかしくない? 大丈夫?」
呟いて、「大丈夫」と頷く。
○地下鉄の中(二週間ほど後)
まなと凛太郎は、一緒に大学に向かっている。
凛太郎「明日はなんかあんの?」
まな、ドア付近で凛太郎に守られるように「壁ドン」されるように立っている。身長差は15センチくらい(まなはヒールのある靴を履いている)。凛太郎は黒いソフトケースに入ったベースを背負っている。
凛太郎は、この春から実家を出て一人暮らしを始めている。ほとんど毎日1講から授業が入っているので、ほぼ毎日凛太郎と通学している。
まな「明日は好きなブランドの新作コスメのフラゲ日だから、朝から並ぶ予定」
凛太郎「じゃあ俺も並ぶ」
まな「なんでよ」
凛太郎「別にいいだろ。俺、夕方から練習入ってるし」
まな「ふうん。土曜もあるんだ。そんなに楽しい? 軽音」
まなが不機嫌そうな表情を浮かべる。
凛太郎「先輩と組めることになったんだよ。来月ライブあるし、練習しないと」
まな「へえ」
凛太郎「なんだよ、なに怒ってんだよ」
まな「別に、怒ってない」
凛太郎「とにかく俺も行くから。昼メシ、何食いたいか考えとけよ」
まな「朝早いけどいいの? 7時には家出るからね」
凛太郎「まなよりは朝得意だと思うけど。おまえ、中学時代はいつもギリギリに来てたし」
まな「なんで知ってんのよ、そんなこと」
凛太郎「……別に、どうでもいいだろ」
まな「顔作るのに高校3年間ずっと早起きしてたから、今は絶対わたしのほうが得意だし」
凛太郎、ふっと微笑む。
地下鉄を降りて、まなが凛太郎の半歩後ろをついていく。
○大学の大教室
まなの友達の「紗友里」(さゆり、まなは“さゆ”と呼んでいる)がすでに着席している。
紗友里はまなより華奢で背が低い。服装はナチュラルテイスト。可愛らしい雰囲気を持った、色白の和風美人。
紗友里「まな、おはよう」
まな「さゆ、おはよう。席取っておいてくれてありがとね」
紗友里「水谷(みずたに)くんは、この授業取ってないの?」
まな「みたいよ。練習、だって」
紗友里「まな、本当に嫌なんだね。水谷くんが軽音に入ったの」
まな「嫌に決まってるじゃん。だって、全然理解できないもん。バンドとか音楽とか」
紗友里「まなはサークル入らないでバイト頑張るんだもんね」
まな「そうそう。髪もメイクも自由なバイトないかなぁ。短期でもいいんだけど」
まな、長い髪を指に巻きつけながら言う。
紗友里「うーん、短期なら夏のビアガーデンとか? 大変かもだけど」
まな「昼間は日焼けしそうだから、夜ならいいかも」
紗友里「まなはテキパキしてるしコミュニケーション能力高いから、向いてるよ」
授業が始まる。紗友里の横顔を盗み見るまな。
まな(いいなあ、さゆは元々可愛くて)
○翌日、デート当日、駅ビル内
まなと凛太郎、買い物を終えて食事をしている。
まなは身体の線が出るような薄手のUネックニットに紺色のワイドパンツ姿、凛太郎は白いトレーナーに黒のスキニーパンツ。
まな、レストランに来るまでの間に凛太郎に手を握られたことを思い出している。
凛太郎「それにしても、すげえ人だったな。あんなに化粧品に群がって」
まな「うるさい。男には一生わからない世界なんだから、口挟まないで」
凛太郎「あ、そういえば俺、バイト決まった」
まなが「えっ、どこ?」と顔を上げる。
凛太郎「繁華街のバー。とりあえず週3で、来週から」
まな「バー? なんで」
凛太郎「軽音の先輩の紹介。時給いいし」
まな、顔をしかめる。
まな「……他のバイト、なかったの?」
凛太郎「耳がこんなんだし、夜のバイトのほうが練習被らないし」
まな、さらに顔をしかめる。
まな「ふうん。まあ、好きにしたら。わたしも短期バイト探すし」
凛太郎「短期バイト?」
まな「ビアガでもやろっかなって」
凛太郎、露骨に嫌そうな顔をする。
凛太郎「冗談だろ。あんな酔っ払いのおっさん相手ばっかりのバイト、おまえができるかよ」
まな「そっちこそ、酔っ払った女の子相手のバイトで、ずいぶん楽しそうよね」
凛太郎「俺のことはいいんだよ。とにかく、飲み屋系は絶対に反対だからな」
まな「なんで凛太郎に反対されなきゃなんないの」
凛太郎「うるせえな、早く食えよ」
まな、不機嫌そうな凛太郎を一瞥してワイドパンツの裾をぎゅっと掴む。せっかくの初デートでケンカしてしまったことを切なく思う。
○大学の入学式の日、まなの部屋
まなはドレッサーに座って必死でメイクしている。髪色は黒髪からミルクティー色になっている。
母「まな、凛太郎くん来てるけど」
まな「え、なんで?!」
母「なんでって、約束してたわけじゃないの?」
まな「してるわけないでしょ!」
まな、アイラインがずれそうになる。
凛太郎 「おい、もういいだろ。そんなに顔作ってどうするつもりだよ」
ドレッサーの鏡に凛太郎が映っている。壁にもたれかかっている。黒い細身のスーツ、左はロブに3つ、右はロブに2つとヘリックスに1つのピアス。
まな「勝手に入ってこないでよ。なんなの、突然」
凛太郎「入学式、一緒に行こうと思って」
凛太郎、部屋の中に入ってくる。まなの顔を見て苦々しい表情になる。
凛太郎「なんだよ、その髪色。バカなのかよ」
まな「凛太郎こそ、なによその耳。バカなの?」
凛太郎「は? かっこいいだろ」
まな「わたしのこの髪だって、可愛いでしょ」
凛太郎「大学デビュー丸出しでダサいだろ」
まな「そっちこそ、バカみたいに耳に穴開けちゃって」
凛太郎「いいだろ、俺は似合ってんだから」
まな、口をつぐんでしゅんとする。ドレッサーに向き直る。
凛太郎「どうでもいいけど、早くしろよ」
まな「うるさいなぁ、そんなに急いでるなら先に行けば?」
凛太郎、ため息をついてまなの髪を強く引っ張る。まな、「ひっ」と驚く。
まな「ちょっと、なんなの!」
凛太郎「……俺たち、付き合ってんだろ。だから、わざわざ迎えに来てやったのに」
まな、言葉を呑んで黙ってしまう。凛太郎は踵を返して部屋を出ていこうとする。
凛太郎「玄関で待ってっから」
まな、鏡の中の自分の顔をまじまじと眺める。お気に入りのリップで唇を彩る。
まな「凛太郎と並んでも恥ずかしくない? 大丈夫?」
呟いて、「大丈夫」と頷く。
○地下鉄の中(二週間ほど後)
まなと凛太郎は、一緒に大学に向かっている。
凛太郎「明日はなんかあんの?」
まな、ドア付近で凛太郎に守られるように「壁ドン」されるように立っている。身長差は15センチくらい(まなはヒールのある靴を履いている)。凛太郎は黒いソフトケースに入ったベースを背負っている。
凛太郎は、この春から実家を出て一人暮らしを始めている。ほとんど毎日1講から授業が入っているので、ほぼ毎日凛太郎と通学している。
まな「明日は好きなブランドの新作コスメのフラゲ日だから、朝から並ぶ予定」
凛太郎「じゃあ俺も並ぶ」
まな「なんでよ」
凛太郎「別にいいだろ。俺、夕方から練習入ってるし」
まな「ふうん。土曜もあるんだ。そんなに楽しい? 軽音」
まなが不機嫌そうな表情を浮かべる。
凛太郎「先輩と組めることになったんだよ。来月ライブあるし、練習しないと」
まな「へえ」
凛太郎「なんだよ、なに怒ってんだよ」
まな「別に、怒ってない」
凛太郎「とにかく俺も行くから。昼メシ、何食いたいか考えとけよ」
まな「朝早いけどいいの? 7時には家出るからね」
凛太郎「まなよりは朝得意だと思うけど。おまえ、中学時代はいつもギリギリに来てたし」
まな「なんで知ってんのよ、そんなこと」
凛太郎「……別に、どうでもいいだろ」
まな「顔作るのに高校3年間ずっと早起きしてたから、今は絶対わたしのほうが得意だし」
凛太郎、ふっと微笑む。
地下鉄を降りて、まなが凛太郎の半歩後ろをついていく。
○大学の大教室
まなの友達の「紗友里」(さゆり、まなは“さゆ”と呼んでいる)がすでに着席している。
紗友里はまなより華奢で背が低い。服装はナチュラルテイスト。可愛らしい雰囲気を持った、色白の和風美人。
紗友里「まな、おはよう」
まな「さゆ、おはよう。席取っておいてくれてありがとね」
紗友里「水谷(みずたに)くんは、この授業取ってないの?」
まな「みたいよ。練習、だって」
紗友里「まな、本当に嫌なんだね。水谷くんが軽音に入ったの」
まな「嫌に決まってるじゃん。だって、全然理解できないもん。バンドとか音楽とか」
紗友里「まなはサークル入らないでバイト頑張るんだもんね」
まな「そうそう。髪もメイクも自由なバイトないかなぁ。短期でもいいんだけど」
まな、長い髪を指に巻きつけながら言う。
紗友里「うーん、短期なら夏のビアガーデンとか? 大変かもだけど」
まな「昼間は日焼けしそうだから、夜ならいいかも」
紗友里「まなはテキパキしてるしコミュニケーション能力高いから、向いてるよ」
授業が始まる。紗友里の横顔を盗み見るまな。
まな(いいなあ、さゆは元々可愛くて)
○翌日、デート当日、駅ビル内
まなと凛太郎、買い物を終えて食事をしている。
まなは身体の線が出るような薄手のUネックニットに紺色のワイドパンツ姿、凛太郎は白いトレーナーに黒のスキニーパンツ。
まな、レストランに来るまでの間に凛太郎に手を握られたことを思い出している。
凛太郎「それにしても、すげえ人だったな。あんなに化粧品に群がって」
まな「うるさい。男には一生わからない世界なんだから、口挟まないで」
凛太郎「あ、そういえば俺、バイト決まった」
まなが「えっ、どこ?」と顔を上げる。
凛太郎「繁華街のバー。とりあえず週3で、来週から」
まな「バー? なんで」
凛太郎「軽音の先輩の紹介。時給いいし」
まな、顔をしかめる。
まな「……他のバイト、なかったの?」
凛太郎「耳がこんなんだし、夜のバイトのほうが練習被らないし」
まな、さらに顔をしかめる。
まな「ふうん。まあ、好きにしたら。わたしも短期バイト探すし」
凛太郎「短期バイト?」
まな「ビアガでもやろっかなって」
凛太郎、露骨に嫌そうな顔をする。
凛太郎「冗談だろ。あんな酔っ払いのおっさん相手ばっかりのバイト、おまえができるかよ」
まな「そっちこそ、酔っ払った女の子相手のバイトで、ずいぶん楽しそうよね」
凛太郎「俺のことはいいんだよ。とにかく、飲み屋系は絶対に反対だからな」
まな「なんで凛太郎に反対されなきゃなんないの」
凛太郎「うるせえな、早く食えよ」
まな、不機嫌そうな凛太郎を一瞥してワイドパンツの裾をぎゅっと掴む。せっかくの初デートでケンカしてしまったことを切なく思う。