甘苦とコンプレックス・ラブ
#7 不器用な心
○ 木曜日の夜、まなの部屋
お風呂から上がったばかりのまながベッドに座った瞬間、スマホが鳴る。
画面に凛太郎の名前が表示されており、深呼吸してから電話に出る。
凛太郎「まな?……今、大丈夫か?」
まな「うん」
まな、無意識に首のキスマークに触れる。
凛太郎「えっと……その、今日は、悪かった」
まな、「う、ううん……」
凛太郎「首の……目立つよな。次から気をつける」
まな(次? 次って、どういうこと? またあんな雰囲気になるかもってこと?)
まな(お風呂で少しマッサージしてみたけど、消えそうになかった。だけど、消したいかって訊かれたら──たぶん、そうでもない。凛太郎の彼女、って証をつけてもらった気がして)
凛太郎「おまえが曲を選んでたバンド、俺も入ることになった」
まな「そう、なの?」
凛太郎「悟に誘われたから。あと、あのベース弾いてみたいし」
凛太郎「おまえ、ああいう曲が好きなんだな。知らなかった」
まな「好きっていうか、悟くんに聴かせてもらうまで、全然知らなかったよ?」
まな「どんな人たちが歌ってるのかだって、動画サイト見て初めて知ったし」
まな、早口で並べ立てる。
まな「悟くんに曲選びを頼まれたのも、ほんとに突然で」
凛太郎「まあ、別にどうでもいいけど。おまえと悟は趣味が合うのかもな」
凛太郎に突き放すように言われ、まながはっとする。
凛太郎「そのバンドで出るライブ、大学じゃなくて繁華街のライブハウスなんだ。無理して来なくてもいいから」
まな「……来てほしく、ないの?」
凛太郎「あ、いや……そういうことじゃなくて」
まな「でも、嫌なんでしょ。いい、行かないから」
まな(あの可愛い先輩と組んでるバンドも出るの? 練習の回数は増えるの?)
まな(あんなに可愛い人と一緒にいて、なんとも思わないの?)
凛太郎「夜遅いし、うるさいし、先輩たち、酔ったらめんどくさいし。嫌だろ、そういうの」
まな「別に……」
凛太郎「俺が嫌なんだよ」
凛太郎、早口で言ってこれ見よがしにため息をつく。
凛太郎「どうしてもって言うなら、おまえが持ってる中で一番地味な服着てこい。化粧も薄くしろ」
まな「はあ? いつもと同じでいいでしょ」
凛太郎「だめだ。おまえの派手さは、なんつうかその、男を」
まな「なにが言いたいの」
凛太郎「なんでもねえよ。とにかく、普通の格好してくるなら」
まな「わたしにとってはこれが普通なの。そんなに嫌ならいい。行かないから」
まな、一方的に電話を切る。少し待ってみるが、リダイヤルはない。
まな、ドレッサーにずらりと並んだコスメをぼんやり眺める。
まな「可愛いじゃん。服もメイクも髪も。いったい、なにがそんなに気に入らないの」
まな(少しでも可愛いって思われたくて、まつ毛の角度にまでこだわってるのに)
まな(ただ「可愛い」って言ってくれたら、それだけで、今までの努力なんて全部報われるのに)
まな(わたしは凛太郎のその言葉が欲しくて、ずっと頑張ってるのに)
○数日後、大学の食堂
まな、一人で座って紗友里を待っている。まなの背後から悟が近づいてくる。
悟「まなちゃん、ちょっといい?」
まな(悟くんって、いつも突然現れるなぁ)
悟「あっ、今、こいつストーカーなの? って思ったでしょ。まなちゃんは目立つんだよ」
まな「悟くん、エスパー?」
悟「否定しないんだ。そういう顔も、俺、嫌いじゃないよ」
悟「ちょっと話したいんだけど、いい?」
まな、凛太郎に「二人きりになるな」と言われたことを思い出して断ろうとするが、悟が向かいに座ってしまう。
悟「まなちゃんが選んでくれた5曲の中から、3曲採用することになったよ」
まな「そんなに?」
悟「うん。実は、俺が選んだのとほぼ丸かぶりだったんだ。これはささやかなお礼」
まな、悟からチルドカップのカフェラテを差し出され、おずおずと受け取る。
まな「……でも、わたし、行かないから。ライブ」
悟「えっ、なんで」
まな「凛太郎に、来るなって言われたの」
悟「えー、まなちゃんに観てもらわないと意味ないでしょ。チケットは俺があげるから、友達と一緒に来たら?」
まな「ほんと?」
悟「それにしても、凛太郎はどうしてそういうことばかり言うかな。来てほしいはずなんだけどね」
まな「わたしの見た目が嫌なんだって。……派手だから」
悟、驚いたような顔をしてからニヤリと笑う。
悟「凛太郎、なにもわかってないなあ。一応幼なじみなのに」
悟「それって、まなちゃんの武装でしょ? 凛太郎と一緒にいるための」
まな、悟の顔を見つめたまま固まる。
悟「彼氏としては気が気じゃないんだろうね。一見、遊んでそうに見えるし」
悟、うんうんと頷く。
まな「ちょっと待ってよ。黙って聞いてれば」
悟「だってさ、まなちゃん、全然男慣れしてないよね。まあ、似合ってるし可愛いのは確かだけど」
まな「……悟くんって」
悟「エスパーじゃないって。見てればわかるよ」
悟、静かに立ち上がる。微かに笑ってまなを見下ろす。
悟「こんな派手な子が、彼氏の少し後ろを自信なさそうに歩いてたら、気になっちゃうでしょ」
悟、少し跳ねた髪を撫でつけながら去っていく。
まな(どうしてわかるの? 出会って間もない悟くんが、どうして)
まな(凛太郎は、わたしの気持ちなんてちっともわかってくれないのに)
まな、スマホを出して凛太郎とのメッセージ画面を呼び出す。
まな(あの電話の後から、全然まともに会えてない)
まな、意を決して凛太郎にメッセージを送る。
まな「今日、バイト休みなんだけど、会えたら会いたいな」
まな(こんなにすれ違ってばかりなのに、わたしは凛太郎のことが好き)
まな(だから、わたしの心を揺さぶるのは、凛太郎だけであってほしい)
お風呂から上がったばかりのまながベッドに座った瞬間、スマホが鳴る。
画面に凛太郎の名前が表示されており、深呼吸してから電話に出る。
凛太郎「まな?……今、大丈夫か?」
まな「うん」
まな、無意識に首のキスマークに触れる。
凛太郎「えっと……その、今日は、悪かった」
まな、「う、ううん……」
凛太郎「首の……目立つよな。次から気をつける」
まな(次? 次って、どういうこと? またあんな雰囲気になるかもってこと?)
まな(お風呂で少しマッサージしてみたけど、消えそうになかった。だけど、消したいかって訊かれたら──たぶん、そうでもない。凛太郎の彼女、って証をつけてもらった気がして)
凛太郎「おまえが曲を選んでたバンド、俺も入ることになった」
まな「そう、なの?」
凛太郎「悟に誘われたから。あと、あのベース弾いてみたいし」
凛太郎「おまえ、ああいう曲が好きなんだな。知らなかった」
まな「好きっていうか、悟くんに聴かせてもらうまで、全然知らなかったよ?」
まな「どんな人たちが歌ってるのかだって、動画サイト見て初めて知ったし」
まな、早口で並べ立てる。
まな「悟くんに曲選びを頼まれたのも、ほんとに突然で」
凛太郎「まあ、別にどうでもいいけど。おまえと悟は趣味が合うのかもな」
凛太郎に突き放すように言われ、まながはっとする。
凛太郎「そのバンドで出るライブ、大学じゃなくて繁華街のライブハウスなんだ。無理して来なくてもいいから」
まな「……来てほしく、ないの?」
凛太郎「あ、いや……そういうことじゃなくて」
まな「でも、嫌なんでしょ。いい、行かないから」
まな(あの可愛い先輩と組んでるバンドも出るの? 練習の回数は増えるの?)
まな(あんなに可愛い人と一緒にいて、なんとも思わないの?)
凛太郎「夜遅いし、うるさいし、先輩たち、酔ったらめんどくさいし。嫌だろ、そういうの」
まな「別に……」
凛太郎「俺が嫌なんだよ」
凛太郎、早口で言ってこれ見よがしにため息をつく。
凛太郎「どうしてもって言うなら、おまえが持ってる中で一番地味な服着てこい。化粧も薄くしろ」
まな「はあ? いつもと同じでいいでしょ」
凛太郎「だめだ。おまえの派手さは、なんつうかその、男を」
まな「なにが言いたいの」
凛太郎「なんでもねえよ。とにかく、普通の格好してくるなら」
まな「わたしにとってはこれが普通なの。そんなに嫌ならいい。行かないから」
まな、一方的に電話を切る。少し待ってみるが、リダイヤルはない。
まな、ドレッサーにずらりと並んだコスメをぼんやり眺める。
まな「可愛いじゃん。服もメイクも髪も。いったい、なにがそんなに気に入らないの」
まな(少しでも可愛いって思われたくて、まつ毛の角度にまでこだわってるのに)
まな(ただ「可愛い」って言ってくれたら、それだけで、今までの努力なんて全部報われるのに)
まな(わたしは凛太郎のその言葉が欲しくて、ずっと頑張ってるのに)
○数日後、大学の食堂
まな、一人で座って紗友里を待っている。まなの背後から悟が近づいてくる。
悟「まなちゃん、ちょっといい?」
まな(悟くんって、いつも突然現れるなぁ)
悟「あっ、今、こいつストーカーなの? って思ったでしょ。まなちゃんは目立つんだよ」
まな「悟くん、エスパー?」
悟「否定しないんだ。そういう顔も、俺、嫌いじゃないよ」
悟「ちょっと話したいんだけど、いい?」
まな、凛太郎に「二人きりになるな」と言われたことを思い出して断ろうとするが、悟が向かいに座ってしまう。
悟「まなちゃんが選んでくれた5曲の中から、3曲採用することになったよ」
まな「そんなに?」
悟「うん。実は、俺が選んだのとほぼ丸かぶりだったんだ。これはささやかなお礼」
まな、悟からチルドカップのカフェラテを差し出され、おずおずと受け取る。
まな「……でも、わたし、行かないから。ライブ」
悟「えっ、なんで」
まな「凛太郎に、来るなって言われたの」
悟「えー、まなちゃんに観てもらわないと意味ないでしょ。チケットは俺があげるから、友達と一緒に来たら?」
まな「ほんと?」
悟「それにしても、凛太郎はどうしてそういうことばかり言うかな。来てほしいはずなんだけどね」
まな「わたしの見た目が嫌なんだって。……派手だから」
悟、驚いたような顔をしてからニヤリと笑う。
悟「凛太郎、なにもわかってないなあ。一応幼なじみなのに」
悟「それって、まなちゃんの武装でしょ? 凛太郎と一緒にいるための」
まな、悟の顔を見つめたまま固まる。
悟「彼氏としては気が気じゃないんだろうね。一見、遊んでそうに見えるし」
悟、うんうんと頷く。
まな「ちょっと待ってよ。黙って聞いてれば」
悟「だってさ、まなちゃん、全然男慣れしてないよね。まあ、似合ってるし可愛いのは確かだけど」
まな「……悟くんって」
悟「エスパーじゃないって。見てればわかるよ」
悟、静かに立ち上がる。微かに笑ってまなを見下ろす。
悟「こんな派手な子が、彼氏の少し後ろを自信なさそうに歩いてたら、気になっちゃうでしょ」
悟、少し跳ねた髪を撫でつけながら去っていく。
まな(どうしてわかるの? 出会って間もない悟くんが、どうして)
まな(凛太郎は、わたしの気持ちなんてちっともわかってくれないのに)
まな、スマホを出して凛太郎とのメッセージ画面を呼び出す。
まな(あの電話の後から、全然まともに会えてない)
まな、意を決して凛太郎にメッセージを送る。
まな「今日、バイト休みなんだけど、会えたら会いたいな」
まな(こんなにすれ違ってばかりなのに、わたしは凛太郎のことが好き)
まな(だから、わたしの心を揺さぶるのは、凛太郎だけであってほしい)