甘苦とコンプレックス・ラブ
#9 プラチナ・チケット
○#8から2〜3週間後、6月上旬すぎ、大学構内
まなと凛太郎が一緒に歩いている。
まな(あの日以来、凛太郎との間には、「彼氏と彼女」らしい雰囲気が流れているような気がする)
凛太郎「じゃあ俺、練習あるから」
まな「うん」
凛太郎「今日はバイトだけど、明日は……」
まな「休みなんでしょ? ご飯食べに行こうって話してたじゃん」
凛太郎、微かに笑ってまなの頭をポンポンと撫でる。
まな、遠ざかっていく凛太郎の後ろ姿を見つめる。
まな(ベースなんか背負っちゃってるの、最初はすっごく嫌だったのに)
まな(物心ついたときから、凛太郎よりかっこいい男の子をわたしは知らない。きっと、これからもずっとそうなんだろうな)
悟「あれ、なんかラブラブな感じ? 凛太郎、最近機嫌いいもんなぁ」
聞き覚えのある声に、まながゆっくりと振り返る。
まな「どうして悟くんは、いつも背後から話しかけてくるの」
悟「だって見つけちゃうんだもん。まなちゃんと凛太郎は、後ろから見ても目立つよ」
悟がジーンズのポケットから財布を出して、名刺サイズの紙を2枚、まなに手渡してくる。
悟「ライブのチケット渡そうと思ってたんだ。凛太郎の了解はもらえた?」
まな(そういえば、例のライブって来週の土曜日だっけ。すっかり忘れてた)
悟「あれ、まだな感じ? 俺からチケットもらったって言ったら、また拗ねちゃうかもね」
悟「じゃ、またね」
悟が悪戯っぽく笑って廊下を歩いていく。
まな(ライブ──行くつもりだってこと、ちゃんと話さないと。またぎくしゃくしないといいんだけど)
○同日、軽音楽部の部室
凛太郎と悟のバンドが練習している。ライブで演奏する曲を一通り合わせ終える。
悟「今日の凛太郎の音、エロいね」
凛太郎、ぎょっとして咽せる。
凛太郎「そ、そんなことないだろ。普通だよ」
悟「いや、間違いなくエロい。まなちゃんのことばっか考えて悶々としてるから、そういう音になるんでしょ」
ヤス(ドラム担当の先輩)「凛太郎の彼女の話? 留依ちゃんから聞いたよ。派手な可愛い子だって」
悟「うわー、始まったよ。留依さんのネガキャン。褒めてるようで貶めてるやつ」
ヤス「そうか? メイクが上手で色っぽくて可愛いって言ってたけど」
悟「ヤスさん、あの人のこと全然わかってないですね。それ、顔作りまくりで遊んでそうって訳するんですよ」
凛太郎「前から思ってたけど……悟って、留依さんのことすげえ嫌ってるよな」
悟「俺、一番嫌いなんだよね。ああいう女が」
悟の冷たい表情に場が凍りつく。悟、一瞬でいつもの笑顔に戻る。
悟「そういえば凛太郎、まなちゃんはもちろんライブに来てくれるんだよね?」
○同日同時刻、食堂前ホール横の階段
留依「あれ? まなちゃん、だっけ?」
まながスマホ片手に階段を上ろうとしたとき、留依に呼び止められる。
まな「えっ、と……」
留依「軽音サークルの花本(はなもと)です。みんな留依さんって呼ぶから、ぜひそう呼んで?」
留依、ふわふわとした白いワンピースを着ている。足元はつま先が丸いローファー。
留依「まなちゃん、来週のライブに来てくれるんだよね? 悟に聞いたら、チケット渡したって言ってたから」
まな「はい……そのつもりですけど」
留依「凛太郎じゃなくて悟にチケットもらうんだなぁ、ってちょっと可笑しくなっちゃった」
まな、ばつが悪くなって俯く。
留依「凛太郎にいっぱい頼み込んでやっと組んだバンド、出れることになったの。楽しみにしててね」
まな(黙って聞いてれば、凛太郎凛太郎って)
まな(先輩だから仕方ないのかもしれないけど、こんな簡単に呼び捨てにされたくないな)
留依「ねぇ、まなちゃんって、すっごくメイク上手だよね」
留依、まなの顔を下から覗き込んでくる。
留依「わたし、あんまり得意じゃなくて。今度、おすすめのコスメ教えてほしいな」
まな「留依さんは、そのままでも十分可愛いと……」
留依「だって、凛太郎は派手な子が好きなんでしょ? まなちゃんみたいな」
まな「いえ、それは……」
留依「まなちゃんじゃ、わたし、勝ち目ないかも」
留依、まなの顔を覗き込んだままにっこり笑う。
留依「とにかく、絶対来てね。凛太郎も悟もいくつか出る予定だから」
留依、まなに手を振ってホールの方に歩いていく。
まな(あれ? もしかしてわたし、宣戦布告、された?)
○同日、軽音の練習後
凛太郎、まなとの待ち合わせ場所に向かっている。
凛太郎(そういえば、ライブって土曜だったよな。……うちに泊まりに来ないかって誘ってみるか?)
凛太郎(来るな、なんて言ってしまったけど、本当は)
まなとの待ち合わせ場所に到着する。まな、ベンチに座ってスマホをいじっている。
まな「なにか用事? 朝も会ったのに」
凛太郎「ああ、来週のライブのことなんだけど」
凛太郎、チケットを2枚まなに差し出す。
凛太郎「その……バイトとか用事なかったら、友達とでも来いよ」
凛太郎、なかなか受け取らないまなに押し付けるようにチケットを渡す。
凛太郎「どうしたんだよ。もう予定入ってるのか?」
まな「ううん、そうじゃないけど」
凛太郎「俺の出番は後のほうだから、スタートから来なくてもいいし」
まな「……でも」
まな、悟からのLINEを回想する。「俺、トップバッターだからよろしくね」。
まな(わざわざそう言われて、すっぽかすのは感じ悪いよね)
まな「朝、悟くんにばったり会って、チケットもらったの」
凛太郎、一瞬黙る。
凛太郎「……あ、そう」
まな「でも……これ、悟くんに返す。わざわざ渡しに来てくれたんでしょ?」
凛太郎「同じものだからいい。もらったなら先に言えよ」
まな「いいから、これ、ちょうだい」
まな、チケットをしまおうとした凛太郎を止めるように腕を掴んで、凛太郎を見つめる。
凛太郎「もう持ってるんだろ。だったら」
まな「悟くんじゃなくて、凛太郎からもらったチケットがいい」
凛太郎、動作を止める。チケットをまなに差し出す。
凛太郎「……まな、あのさ。ライブの後、うちに泊まりに来いよ」
まな「えっ」
凛太郎「嫌?」
まな、首を思い切り横に振る。凛太郎、苦笑してまなの髪の毛の先にそっと触れる。
まな「泊まっても、いいの?」
凛太郎「いいと思ってなかったら言わないだろ」
凛太郎、怒ったように顔を逸らす。ピアスだらけの耳がほんのり赤い。
まな「じゃあ、少しは部屋の掃除しておいてよね」
まな、凛太郎の手にそっと手を重ねる。凛太郎、小さく頷く。
まなと凛太郎が一緒に歩いている。
まな(あの日以来、凛太郎との間には、「彼氏と彼女」らしい雰囲気が流れているような気がする)
凛太郎「じゃあ俺、練習あるから」
まな「うん」
凛太郎「今日はバイトだけど、明日は……」
まな「休みなんでしょ? ご飯食べに行こうって話してたじゃん」
凛太郎、微かに笑ってまなの頭をポンポンと撫でる。
まな、遠ざかっていく凛太郎の後ろ姿を見つめる。
まな(ベースなんか背負っちゃってるの、最初はすっごく嫌だったのに)
まな(物心ついたときから、凛太郎よりかっこいい男の子をわたしは知らない。きっと、これからもずっとそうなんだろうな)
悟「あれ、なんかラブラブな感じ? 凛太郎、最近機嫌いいもんなぁ」
聞き覚えのある声に、まながゆっくりと振り返る。
まな「どうして悟くんは、いつも背後から話しかけてくるの」
悟「だって見つけちゃうんだもん。まなちゃんと凛太郎は、後ろから見ても目立つよ」
悟がジーンズのポケットから財布を出して、名刺サイズの紙を2枚、まなに手渡してくる。
悟「ライブのチケット渡そうと思ってたんだ。凛太郎の了解はもらえた?」
まな(そういえば、例のライブって来週の土曜日だっけ。すっかり忘れてた)
悟「あれ、まだな感じ? 俺からチケットもらったって言ったら、また拗ねちゃうかもね」
悟「じゃ、またね」
悟が悪戯っぽく笑って廊下を歩いていく。
まな(ライブ──行くつもりだってこと、ちゃんと話さないと。またぎくしゃくしないといいんだけど)
○同日、軽音楽部の部室
凛太郎と悟のバンドが練習している。ライブで演奏する曲を一通り合わせ終える。
悟「今日の凛太郎の音、エロいね」
凛太郎、ぎょっとして咽せる。
凛太郎「そ、そんなことないだろ。普通だよ」
悟「いや、間違いなくエロい。まなちゃんのことばっか考えて悶々としてるから、そういう音になるんでしょ」
ヤス(ドラム担当の先輩)「凛太郎の彼女の話? 留依ちゃんから聞いたよ。派手な可愛い子だって」
悟「うわー、始まったよ。留依さんのネガキャン。褒めてるようで貶めてるやつ」
ヤス「そうか? メイクが上手で色っぽくて可愛いって言ってたけど」
悟「ヤスさん、あの人のこと全然わかってないですね。それ、顔作りまくりで遊んでそうって訳するんですよ」
凛太郎「前から思ってたけど……悟って、留依さんのことすげえ嫌ってるよな」
悟「俺、一番嫌いなんだよね。ああいう女が」
悟の冷たい表情に場が凍りつく。悟、一瞬でいつもの笑顔に戻る。
悟「そういえば凛太郎、まなちゃんはもちろんライブに来てくれるんだよね?」
○同日同時刻、食堂前ホール横の階段
留依「あれ? まなちゃん、だっけ?」
まながスマホ片手に階段を上ろうとしたとき、留依に呼び止められる。
まな「えっ、と……」
留依「軽音サークルの花本(はなもと)です。みんな留依さんって呼ぶから、ぜひそう呼んで?」
留依、ふわふわとした白いワンピースを着ている。足元はつま先が丸いローファー。
留依「まなちゃん、来週のライブに来てくれるんだよね? 悟に聞いたら、チケット渡したって言ってたから」
まな「はい……そのつもりですけど」
留依「凛太郎じゃなくて悟にチケットもらうんだなぁ、ってちょっと可笑しくなっちゃった」
まな、ばつが悪くなって俯く。
留依「凛太郎にいっぱい頼み込んでやっと組んだバンド、出れることになったの。楽しみにしててね」
まな(黙って聞いてれば、凛太郎凛太郎って)
まな(先輩だから仕方ないのかもしれないけど、こんな簡単に呼び捨てにされたくないな)
留依「ねぇ、まなちゃんって、すっごくメイク上手だよね」
留依、まなの顔を下から覗き込んでくる。
留依「わたし、あんまり得意じゃなくて。今度、おすすめのコスメ教えてほしいな」
まな「留依さんは、そのままでも十分可愛いと……」
留依「だって、凛太郎は派手な子が好きなんでしょ? まなちゃんみたいな」
まな「いえ、それは……」
留依「まなちゃんじゃ、わたし、勝ち目ないかも」
留依、まなの顔を覗き込んだままにっこり笑う。
留依「とにかく、絶対来てね。凛太郎も悟もいくつか出る予定だから」
留依、まなに手を振ってホールの方に歩いていく。
まな(あれ? もしかしてわたし、宣戦布告、された?)
○同日、軽音の練習後
凛太郎、まなとの待ち合わせ場所に向かっている。
凛太郎(そういえば、ライブって土曜だったよな。……うちに泊まりに来ないかって誘ってみるか?)
凛太郎(来るな、なんて言ってしまったけど、本当は)
まなとの待ち合わせ場所に到着する。まな、ベンチに座ってスマホをいじっている。
まな「なにか用事? 朝も会ったのに」
凛太郎「ああ、来週のライブのことなんだけど」
凛太郎、チケットを2枚まなに差し出す。
凛太郎「その……バイトとか用事なかったら、友達とでも来いよ」
凛太郎、なかなか受け取らないまなに押し付けるようにチケットを渡す。
凛太郎「どうしたんだよ。もう予定入ってるのか?」
まな「ううん、そうじゃないけど」
凛太郎「俺の出番は後のほうだから、スタートから来なくてもいいし」
まな「……でも」
まな、悟からのLINEを回想する。「俺、トップバッターだからよろしくね」。
まな(わざわざそう言われて、すっぽかすのは感じ悪いよね)
まな「朝、悟くんにばったり会って、チケットもらったの」
凛太郎、一瞬黙る。
凛太郎「……あ、そう」
まな「でも……これ、悟くんに返す。わざわざ渡しに来てくれたんでしょ?」
凛太郎「同じものだからいい。もらったなら先に言えよ」
まな「いいから、これ、ちょうだい」
まな、チケットをしまおうとした凛太郎を止めるように腕を掴んで、凛太郎を見つめる。
凛太郎「もう持ってるんだろ。だったら」
まな「悟くんじゃなくて、凛太郎からもらったチケットがいい」
凛太郎、動作を止める。チケットをまなに差し出す。
凛太郎「……まな、あのさ。ライブの後、うちに泊まりに来いよ」
まな「えっ」
凛太郎「嫌?」
まな、首を思い切り横に振る。凛太郎、苦笑してまなの髪の毛の先にそっと触れる。
まな「泊まっても、いいの?」
凛太郎「いいと思ってなかったら言わないだろ」
凛太郎、怒ったように顔を逸らす。ピアスだらけの耳がほんのり赤い。
まな「じゃあ、少しは部屋の掃除しておいてよね」
まな、凛太郎の手にそっと手を重ねる。凛太郎、小さく頷く。