問題:同僚准教授が偽装結婚を迫ってきた場合、受けるべきか否か。ただし、准教授は変人で学内ストーカーであるが御曹司とする。
エピローグ
エピローグ
「おい嫁。おまえ、再来月、フランスで学会発表があるらしいな」
「ええ、ありますよ。美津さんから聞いたんですか?」
「そうだ」
「結構二年に一度ある大きめの国際学会で、スピーチセッションの依頼があったので、今年は行くことにしました」
見下ろしてくる義父を同じように冷めた視線で見上げる。
東雲本家。恐ろしい値段の高級調度品が並ぶこの屋敷で、縦横無尽に駆け回る孫たちに交じる息子と娘を一蔵さんはオロオロしながら追いかけていた。
「子供たちはどうするんだ」
「一蔵さんも同じタイミングでイギリスの講演会に出席する予定があって、美津さんが面倒見てくれるって言ってくださったんですけど、どうせだから子供たちも連れて向こうでちょっとだけ観光しようかなと思ってるんです。学会中は現地でシッターさんを雇うつもりで手配してあります」
「飛行機、耐えられるのか? 理人くんはともかく、すみれちゃんは二歳だぞ」
「大枚叩いていい席取りましたよ。ありがたいことに、すみれはどういう状況でもよく寝るタイプですし、今は結構サービスもあるので」
東雲一蔵さんと結婚して六年、ふたりの子供と二匹の猫に恵まれ、私は帝信を出て准教授の職を得ることができた。正直必死にしがみついている。
東雲の家の力を宛にしたことはなかったが、なんやかんやと向こうのほうから口も手も、いらんというのに余計な金も出して来て、義父とはひとつも仲良くないが、時折呼びつけられては孫の顔を見せる奉仕をさせられている。
「私と母さんも行く」
「はい?!」
「ついでに美津たちも行く。向こうで透二たちも合流するから」
「そんな勝手に!」
「諸々の手配をするから情報をまとめて秘書にメールしておけ。今予約しているホテルもシッターもとりあえず全部キャンセルしろ。おまえたちが見られん間、孫の面倒はこっちが見るし、金なら気にするな。どうせならいいところに泊まらせてやる」
「頼んでませんけど」
「うるさい。どうせおまえたちのことだから安旅行になるんだ。母さん楽しみにしてるんだから親孝行しろ!」
義父は自分勝手に言い放って、駆け寄ってきた娘を抱き上げると急にでれっと目尻を下げた。
「すぅちゃーん、ジジと一緒に行こうねぇ」
うわぁ……。またじじバカが炸裂している。
わけも分からず元気に頷いた娘に、義父はひゃんと鳴いて二歳の愛らしさに心を打ち抜かれ膝を着いた。一蔵さんもしょっちゅう同じことをしているが、義父母は四歳になる息子の理人が歌を唱えば涙を流し、写真と動画を要求し、一緒になって「ふたりとも大きくなったら、パパやママみたいにすごい学者さんになるのかなぁ? あ、パパみたいな小説家さんかな? パパの書いたお話、今度映画になるんだってパパはしゅごいねぇ」と言うのだった。
一蔵さんが許しているので私は何も言わない。
「──さくらさん、あの人なんて?」
声を掛けられ振り返れば息を切らして一蔵さんがいた。子供たちは義父と共に別な部屋に向かったらしい。
「再来月の旅行、自分たちも行くから一旦全部キャンセルしろって」
「また勝手な……」
「大富豪のお義父様が、大学教授程度の庶民どもに任せていては孫ちゃんが可哀想だから金は気にするなと仰せで。城でも用意してくれるんじゃないですか? あ、ついにファーストクラス乗れるかもですよ、一蔵さん!」
目を輝かせた私に一蔵さんは柔らかい表情で笑う。
「そうですね。子供たちが恩恵にあやかれるなら、好きにしてもらいましょう」
「よーし、じゃ頼んじゃお」
「みんなで行くなら、少しくらいふたりで過ごす時間も出来るかな」
引き寄せられ、整った彼の顔がすぐ近くにやってくる。
「期待してます? なら、積極的に作っていきましょうか」
「いいんですか、三人目!」
「違いますよ、ふたりの時間の話!」
「そ、そうですよね。すみません、とんだ勘違いを」
「ほんと助平なんだから……でも、一蔵さんと積極的にするのは好きですよ。一蔵さんかわいいから」
「僕も。さくらさんがかわいいです。僕の世界で一番かわいい人」
耳に吹き込まれた低い声に賑やかな子供たちの歓声が重なって、私たちは一瞬で父母の顔を取り繕った。
視線が合えば、何だかふたりともおかしくなってしまって、迎えにやってきた子供たちが私たちを見て不思議な顔をする。
「ジジたちが、むこうでみんなでおちゃにしようって」
「かすてら!」
明るい呼びかけに私たちは彼らの手を取って、私たちには分不相応なほど、晴れやかで眩しくて、けれどもとても温かな場所へと向かっていった。
(おわり)
お付き合いくださってありがとうございました。
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「おい嫁。おまえ、再来月、フランスで学会発表があるらしいな」
「ええ、ありますよ。美津さんから聞いたんですか?」
「そうだ」
「結構二年に一度ある大きめの国際学会で、スピーチセッションの依頼があったので、今年は行くことにしました」
見下ろしてくる義父を同じように冷めた視線で見上げる。
東雲本家。恐ろしい値段の高級調度品が並ぶこの屋敷で、縦横無尽に駆け回る孫たちに交じる息子と娘を一蔵さんはオロオロしながら追いかけていた。
「子供たちはどうするんだ」
「一蔵さんも同じタイミングでイギリスの講演会に出席する予定があって、美津さんが面倒見てくれるって言ってくださったんですけど、どうせだから子供たちも連れて向こうでちょっとだけ観光しようかなと思ってるんです。学会中は現地でシッターさんを雇うつもりで手配してあります」
「飛行機、耐えられるのか? 理人くんはともかく、すみれちゃんは二歳だぞ」
「大枚叩いていい席取りましたよ。ありがたいことに、すみれはどういう状況でもよく寝るタイプですし、今は結構サービスもあるので」
東雲一蔵さんと結婚して六年、ふたりの子供と二匹の猫に恵まれ、私は帝信を出て准教授の職を得ることができた。正直必死にしがみついている。
東雲の家の力を宛にしたことはなかったが、なんやかんやと向こうのほうから口も手も、いらんというのに余計な金も出して来て、義父とはひとつも仲良くないが、時折呼びつけられては孫の顔を見せる奉仕をさせられている。
「私と母さんも行く」
「はい?!」
「ついでに美津たちも行く。向こうで透二たちも合流するから」
「そんな勝手に!」
「諸々の手配をするから情報をまとめて秘書にメールしておけ。今予約しているホテルもシッターもとりあえず全部キャンセルしろ。おまえたちが見られん間、孫の面倒はこっちが見るし、金なら気にするな。どうせならいいところに泊まらせてやる」
「頼んでませんけど」
「うるさい。どうせおまえたちのことだから安旅行になるんだ。母さん楽しみにしてるんだから親孝行しろ!」
義父は自分勝手に言い放って、駆け寄ってきた娘を抱き上げると急にでれっと目尻を下げた。
「すぅちゃーん、ジジと一緒に行こうねぇ」
うわぁ……。またじじバカが炸裂している。
わけも分からず元気に頷いた娘に、義父はひゃんと鳴いて二歳の愛らしさに心を打ち抜かれ膝を着いた。一蔵さんもしょっちゅう同じことをしているが、義父母は四歳になる息子の理人が歌を唱えば涙を流し、写真と動画を要求し、一緒になって「ふたりとも大きくなったら、パパやママみたいにすごい学者さんになるのかなぁ? あ、パパみたいな小説家さんかな? パパの書いたお話、今度映画になるんだってパパはしゅごいねぇ」と言うのだった。
一蔵さんが許しているので私は何も言わない。
「──さくらさん、あの人なんて?」
声を掛けられ振り返れば息を切らして一蔵さんがいた。子供たちは義父と共に別な部屋に向かったらしい。
「再来月の旅行、自分たちも行くから一旦全部キャンセルしろって」
「また勝手な……」
「大富豪のお義父様が、大学教授程度の庶民どもに任せていては孫ちゃんが可哀想だから金は気にするなと仰せで。城でも用意してくれるんじゃないですか? あ、ついにファーストクラス乗れるかもですよ、一蔵さん!」
目を輝かせた私に一蔵さんは柔らかい表情で笑う。
「そうですね。子供たちが恩恵にあやかれるなら、好きにしてもらいましょう」
「よーし、じゃ頼んじゃお」
「みんなで行くなら、少しくらいふたりで過ごす時間も出来るかな」
引き寄せられ、整った彼の顔がすぐ近くにやってくる。
「期待してます? なら、積極的に作っていきましょうか」
「いいんですか、三人目!」
「違いますよ、ふたりの時間の話!」
「そ、そうですよね。すみません、とんだ勘違いを」
「ほんと助平なんだから……でも、一蔵さんと積極的にするのは好きですよ。一蔵さんかわいいから」
「僕も。さくらさんがかわいいです。僕の世界で一番かわいい人」
耳に吹き込まれた低い声に賑やかな子供たちの歓声が重なって、私たちは一瞬で父母の顔を取り繕った。
視線が合えば、何だかふたりともおかしくなってしまって、迎えにやってきた子供たちが私たちを見て不思議な顔をする。
「ジジたちが、むこうでみんなでおちゃにしようって」
「かすてら!」
明るい呼びかけに私たちは彼らの手を取って、私たちには分不相応なほど、晴れやかで眩しくて、けれどもとても温かな場所へと向かっていった。
(おわり)
お付き合いくださってありがとうございました。
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