〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
2018年4月12日(Thu)

 閉めきったカーテンの向こうから雨の音がした。春の雨はそれだけで彼女を憂鬱に引き込み、封印した記憶の扉を無理やりこじ開けようとする。

雨の音に紛れて聞こえたスマートフォンのバイブレーション。布団を被ったままベッドサイドのスマホを掴んで、着信応答のボタンをタップした。

「……はい」
{俺。寝てた?}

 同僚の九条大河の声が目覚まし代わりというのも寝覚めが悪い。ベッドサイドの置き時計の針は7時を示している。

不機嫌極まりない顔で身体を起こした神田美夜は、寝起きのかすれた声で九条に答えた。

「今起きた」
{なら早く顔洗って支度しろ。あと10分ちょいで神田の家に着く。そのまま現場向かえって主任の指示だ}
「わかった」

 先月末に引っ越してきたばかりの八畳のワンルームには、荷ほどきされていないダンボールが数箱積まれている。元より荷物の量は少ないが、彼女はダンボールの隙間を器用にすり抜けて洗面所に向かった。

 支度は10分もあれば事足りる。薄く塗ったファンデーションとアイブロウを描いて美夜のメイクは完成だ。社会人らしい清潔感があればそれで良い。

むしろアイシャドウやマスカラで作り込んだ華やかなメイクをしていれば、上司や同僚の反感を買うだろう。

 警察学校時代はボブだった髪もセミロングまで伸びた。もう少し伸びたら切らなければならないストレートの黒髪は後ろでひとつに束ねるだけ。

 マスカラやまつ毛エクステ、二重を作るアイプチ、鼻筋を作るハイライト、上気した頬を演出するチークやシャープな輪郭が手に入るシェーディング、そんなものが不要な美夜の整った顔は、しばしば同性の妬みの対象にされる。

生まれ持った末広の二重瞼とアンニュイな魅力を醸し出す三白眼、キメ細かな白い肌と小さな顔、スラリとした細い体躯。
美に執着する同性達にしてみれば、美夜の持つ美貌は憧れと嫉妬の産物でしかない。

 だけど美夜は自分の顔が嫌いだった。
望んでこの顔に生まれてきたわけじゃない。そもそも、生まれたくて生まれてきたんじゃない。

 ──神様って不公平よねー。あたしもあんたみたいな顔に産まれたかった──


嫌いな女が欲しがったこの顔が、大嫌いだった。
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