〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 虎ノ門四丁目に所在する夏木コーポレーション本社ビルの隣には、同じく夏木コーポレーションが所有する四十五階建ての分譲賃貸マンションが傲岸不遜にそびえている。

最上階のワンフロアが夏木十蔵の自宅だ。

 再び地下に潜った車を駐車スペースに収納し、エレベーターに乗り込んだ。愁を乗せた高層階行きのエレベーターは最上階の夏木邸に到着する。
セキュリティをカードキーで解除して、夏木邸に入った愁を出迎えたのは日浦だった。

『休日まで会長にこき使われて嫌にならねぇか? お前には家族もいるだろ』
『家族サービスは充分しています。問題ありません』

 夏木会長に従順な日浦は休日出勤にも嫌な顔ひとつ見せない。
こちらは舞との出掛ける約束をキャンセルしたのだ。後々、舞からクレームが入るだろう。

独り暮らしには無駄に広いリビングルームの、無駄に大きなソファーに愁を呼び出した張本人、夏木十蔵が腰掛けていた。

『今日は舞との先約があったんです。舞に嫌われても知りませんよ』
『おお、それは困る。日浦、舞に似合いそうな服とバッグを見繕って届けておけ』
『承知しました』

夏木が日浦に渡したのはクレジットカード。
娘のご機嫌取りのプレゼントならば自分で買いに行けばいいものを。日浦も何故こんな男の命令に従順なのか、愁には甚《はなは》だ疑問だった。

『要件は?』
『清丸《せいまる》銀行の貸金庫に預けていた三億のうち、五百万が抜かれた。抜いたのは清丸の銀行員だ』

 清丸銀行の日本橋支店には夏木が別名義で三億を預けているが、表には公表できない金だ。銀行員が着服したとしても警察には届けられない。
銀行側も不祥事を表沙汰にはしたくないのだろう。

『やらかした銀行員には一千万の借金がある。大方、貸金庫から盗んだ金で返済分を工面した後に穴埋めでもするつもりだったんだろう。日浦が金の確認に行かなければ発覚が遅れていた』
『問題は銀行員が金を借りた金貸しがクリーンな金貸しじゃなかったってことですね?』
『そうだ。金貸しの裏には半グレ集団のレイヴンがいる。金の回収は日浦に任せてある。愁はレイヴンを潰せ。私の金が薄汚い半グレ連中の腹を満たしてるかと思うと我慢ならない』

 半グレとは暴力団に所属していない犯罪者集団。メンバーは元暴走族が多く、愁が認知している関東の半グレ組織は六団体。

半グレ集団のビジネスは振り込め詐欺、貧困ビジネスや出会い系サイトの運営等。今回の獲物は金融業界に潜んでいる“レイヴン”と名乗るグループだ。
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