〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 夏木邸の一室には武器の保管所がある。
指紋認証と虹彩《こうさい》認証、さらにパスワードを入力しなければ解錠できない部屋に難なく入室を許可された愁は、棚に整列するアタッシュケースのひとつを手に取った。ケースに横たわる黒々とした銃器は、愁が愛用するワルサーPPK。

『ずっと聞きたかったんですが、木崎さんはどうしてこの仕事を?』

ショルダーホルスターを装着する愁の隣では日浦がマガジンに弾を込めている。ワルサーPPKのマガジンに込められる弾は七発、銃本体の薬室《やくしつ》の一発を入れて装弾数は八発だ。

『好きであんなジジイのお守りやってるんじゃねぇよ』
『見ればわかります。夏木会長のこともあなたは好きではありませんよね。大した敬意もない相手の命令で汚れ仕事を請け負うのは何故ですか?』

 日浦は夏木会長の第二秘書になる以前は別の雇い主に付き従ってきた。ある事情で雇い主の下を離れ、彼は夏木会長に雇われた。

愚直な性格の日浦は、部下は主を敬意するものと思っている。そんな日浦から見れば、愁の言動に夏木会長への敬意を感じられないのだろう。

『これが俺の仕事だ。お前も夏木の裏を知る人間なら、一人や二人は殺した経験はあるだろ』
『前線にいた頃なら数人』
『一人殺せば十人も百人も同じ。目の前に死体が転がっても何も感じなくなる。休日の呼び出しは面倒でも嫌々やってるわけじゃない』

 愁は弾が装填《そうてん》された銃を受け取り、安全装置をかけた状態で脇下のホルスターに収めた。上からジャケットを羽織れば銃の存在は外部に知られない。

 関東最大の暴力団、和田《わだ》組と繋がる夏木が、半グレ集団を恐れる理由はない。夏木が懇意にしている裏の人間に処理を頼めば片付く話である。

しかしヤクザを動かせば警察が動く。警察にも裏社会の人間との繋がりを持ち、金で情報を買っている刑事は少なくない。
警察と反社会組織の持ちつ持たれつの関係で社会の均衡は保たれているが、そこに加わらない半端者が半グレ集団だ。

 レイヴンの拠点は東京の立川市。トップの岸田博正を始めとした幹部のほとんどが、1980年代に立川や八王子を縄張りとした暴走族グループの出身者。

90年代になり黒龍《こくりゅう》と呼ばれる新興勢力のグループによって、この地域の複数の暴走族グループが壊滅に追いやられた。
滅びた複数のグループの寄せ集めで結成された典型的な半グレ集団がレイヴンだ。
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