〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
立川に向かう車内で、愁はタブレット端末でレイヴンの情報を流し読みする。確実に潰さなければならないターゲットの情報以外は必要ない。
半グレの特徴はその年齢層にある。80年代や90年代に“ヤンチャ”をしていた四十代、三十代がグループの幹部に君臨し、使いパシりでは少年院上がりの二十代も多い。
ヤクザに比べれば若年層の多い組織だ。トップの岸田と取り巻きが二人、岸田の息子の始末が愁に命じられた仕事だった。
多摩モノレールが通る立川駅前の南口大通りで車が停車した。運転手を残して車を降りた愁は人混みに紛れて早足で歩を進め、立川南通りに入った。
通りに並ぶビルの一階から出て来た若い女とすれ違った時、女が愁の名を呼んだ。
「木崎さんっ」
振り向いた視線の先にいたのは夏木コーポレーションの秘書課に所属する三岡鈴菜。愁の同僚だ。
インディゴのデニムジャケットにシフォンのロングスカート、足元はスニーカーという出で立ちの鈴菜は見慣れたオフィススタイルの時とは別人に見える。
鈴菜の隣には中年の女性がいた。
「こんにちは」
『こんにちは。立川にいるなんて珍しいね』
「実家が立川なんです。あの、母です」
鈴菜の母親は好奇心に満ちた眼差しで愁を見上げた。
「いつも娘がお世話になっております。木崎さんのお話は鈴菜から聞いているんですよぉ」
「お母さんっ!」
『はじめまして。木崎です』
確か鈴菜の自宅は祐天寺《ゆうてんじ》にある。都心から離れた立川で、夏木コーポレーションの社員とその母親と遭遇するとは思わなかった。
「木崎さんは立川に用事が? 会長のスケジュールでは今日の予定は入っていなかったと記憶していますが……」
夏木コーポレーションは基本的に土日休みだ。土曜の昼間にスーツを着てひとりで街を歩く愁を不思議に感じても無理はない。
『色々と細かな雑務があってね。これから人と会う約束なんだ』
「大変ですね……。私に手伝えることがあればいつでも言ってください」
『ありがとう』
鈴菜の態度を見れば彼女の好意は一目瞭然だった。機会があれば鈴菜の好意を利用する時もあるだろう。
自分に惚れている女を利用することなど、愁には雑作もない。
「鈴菜ったらこっちに帰るたびに木崎さんのお話をするんですよぉ。木崎さんが、木崎さんがって耳にタコができるくらい」
「もうお母さん止めてよ。木崎さんお忙しいんだから……」
主婦の世間話に付き合っている時間はない。わざとらしく腕時計に視線を送る愁に気付いた鈴菜が、慌ててお喋りな母親の話を止めてくれた。
半グレの特徴はその年齢層にある。80年代や90年代に“ヤンチャ”をしていた四十代、三十代がグループの幹部に君臨し、使いパシりでは少年院上がりの二十代も多い。
ヤクザに比べれば若年層の多い組織だ。トップの岸田と取り巻きが二人、岸田の息子の始末が愁に命じられた仕事だった。
多摩モノレールが通る立川駅前の南口大通りで車が停車した。運転手を残して車を降りた愁は人混みに紛れて早足で歩を進め、立川南通りに入った。
通りに並ぶビルの一階から出て来た若い女とすれ違った時、女が愁の名を呼んだ。
「木崎さんっ」
振り向いた視線の先にいたのは夏木コーポレーションの秘書課に所属する三岡鈴菜。愁の同僚だ。
インディゴのデニムジャケットにシフォンのロングスカート、足元はスニーカーという出で立ちの鈴菜は見慣れたオフィススタイルの時とは別人に見える。
鈴菜の隣には中年の女性がいた。
「こんにちは」
『こんにちは。立川にいるなんて珍しいね』
「実家が立川なんです。あの、母です」
鈴菜の母親は好奇心に満ちた眼差しで愁を見上げた。
「いつも娘がお世話になっております。木崎さんのお話は鈴菜から聞いているんですよぉ」
「お母さんっ!」
『はじめまして。木崎です』
確か鈴菜の自宅は祐天寺《ゆうてんじ》にある。都心から離れた立川で、夏木コーポレーションの社員とその母親と遭遇するとは思わなかった。
「木崎さんは立川に用事が? 会長のスケジュールでは今日の予定は入っていなかったと記憶していますが……」
夏木コーポレーションは基本的に土日休みだ。土曜の昼間にスーツを着てひとりで街を歩く愁を不思議に感じても無理はない。
『色々と細かな雑務があってね。これから人と会う約束なんだ』
「大変ですね……。私に手伝えることがあればいつでも言ってください」
『ありがとう』
鈴菜の態度を見れば彼女の好意は一目瞭然だった。機会があれば鈴菜の好意を利用する時もあるだろう。
自分に惚れている女を利用することなど、愁には雑作もない。
「鈴菜ったらこっちに帰るたびに木崎さんのお話をするんですよぉ。木崎さんが、木崎さんがって耳にタコができるくらい」
「もうお母さん止めてよ。木崎さんお忙しいんだから……」
主婦の世間話に付き合っている時間はない。わざとらしく腕時計に視線を送る愁に気付いた鈴菜が、慌ててお喋りな母親の話を止めてくれた。