〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 銀座の夢幻堂で個数限定のミカン大福を死守し、他にも頼まれ物の茶菓子をいくつか購入して鈴菜は帰社した。

 午前の業務を終えた昼休み。食堂の端でうなだれる鈴菜の背中を同期の丹羽架純《にわ かすみ》が軽く叩いた。

「すずー。何落ち込んでるの?」
「またご飯誘えなかった」
「あー、木崎さん?」

こくりと頷く鈴菜に苦笑を返した架純は、湯気の昇る醤油ラーメンを箸で掴み上げる。鈴菜のランチは社食ではなく手作りのサンドイッチ弁当だ。

「すずも競争率高い人を好きになったよね。イケメン、会長秘書、頭の回転が速くて仕事ができる、おまけに近寄りがたいミステリアスさ。新入社員の子達も木崎さん見るとソワソワしてるもん」
「あれだけかっこよければ皆好きになるよ。見た目だけじゃなくてね、細かなところにも気が効くし、重役プラス秘書課の皆のスケジュールも全部把握して、一番効率的な仕事の割り振りをしてくれて、取引先に合わせたお茶菓子とお茶の銘柄のセレクトも完璧で……」
「はいはい、木崎さん自慢はそれくらいにして。彼女いるか聞けたの?」

 ラーメンをすする架純の隣で鈴菜はわかりやすく言葉を濁す。ツナサンドを頬張る彼女は情けなく眉を下げた。

「そんなの聞けたら食事に誘えてるよ……」
「そっか、そうだよね。すまない」

 同期入社で苦楽を共にした架純から見れば、鈴菜は肝心な時の押しが弱い。
こんなに気弱な鈴菜が経理部から夏木コーポレーションの曲者《くせもの》揃いの重役を補佐する秘書課になぜ異動になったのか、不思議でならなかった。

「木崎さんの女関係は謎に包まれてるからなぁ。前に人事の宮下さんと噂があったけど、宮下さんは寿退社したから結局はデマで、受付の優紀ちゃんは告白したものの玉砕して……」

 端整な容姿と目立つ立場も相まって、社内でも社外でも木崎愁は噂の的だ。

「今怪しいと言われてるのはほら、すずの同僚の真野さん。木崎さんと親しげに話してるの何度も目撃されてる」
「真野さんは社長付きだからね。会長付きの木崎さんと込み入った話をしてる時はあるよ」

社長秘書の真野千咲《まの ちさき》は鈴菜の先輩。会長や社長クラスの秘書ともなると代理で出掛ける業務も多く、秘書課の中では愁に次いで多忙な人だ。

「木崎さんと真野さんが話してるところ見ると現実を突き付けられるの。木崎さんに釣り合うのは、真野さんみたいなシュッとしたクールビューティーなんだよね。私が隣に並んでも恋人というよりは妹と兄にしかならない。シュッとしたクールビューティーとは無縁の丸顔だし、背も標準で、おっぱいも色気もない」

 嫌なところを挙げればキリがない。
街で豊満な胸の女性を目にすれば、平たい胸元と比べて悲しくなり、愁とお似合いの真野千咲のスタイルの良さも心底羨ましい。
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