〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
16時の渋谷は人で溢れている。誰も彼もがスマートフォンに目を向けているこの街の片隅で、井川楓もスマホに視線を落とした。
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[姉ちゃん出産祝いありがとねー]
[あんたも親になったんだから、これからしっかりね。そのうち陽香《はるか》ちゃんの顔見に行くから]
_______________
二歳下の弟とのメッセージのやりとりを終えた楓は、生まれたばかりの姪の写真が貼り付けられたトークアプリの画面を閉じた。
真っ暗なスリープ画面には溜息をつく女の顔が映っている。
楓が立っているのは神泉《しんせん》駅南口を出た先のコンビニの前。たった今、目の前の踏切の内側を電車が通過した。
『楓さんお待たせ』
駅の方向から楓を目指して走って来る男は夫ではない。婚姻の証を外した左手で楓は彼に手を振った。
待ち合わせの相手は紺野涼太。夫や弟よりもずっと若いこの男子大学生は、マッチングアプリで出会った相手の中で最もお気に入りの男だった。
『楓さんは鎖骨綺麗だから、そういう胸元開いた服が似合うよね』
「ふふっ。ありがとう。涼太くんは褒め上手だなぁ」
今日のために購入した春物のニットワンピースは襟ぐりが大きく開いている。昨夜、入念にボディケアをして磨いたデコルテが太陽の下で輝いていた。
腕を組む男と女の歩みはラブホテル街に向かっている。休憩や宿泊の文字が並ぶ派手な看板の内側に、二人の姿は吸い込まれた。
大きなベッドに重なる二つの身体。与えられる快楽は抑圧された日常から楓を解放してくれる。
『楓さん綺麗。めっちゃ綺麗』
紺野は子犬のように可愛い顔をしていても身体付きはやはり男だ。 がっしりとした男の胸板と腕に抱かれていると、彼女は自分が女であることを実感できた。
加速する律動の最中に交わす甘いキス。最後の瞬間は恥も見栄も捨てて、男も女も欲を貪り尽くす獣となる。
互いの匂いが染み付いた身体を寄せて、二人は天井を仰いだ。絶頂の余韻が残る下半身はまだ熱を帯びている。
『今日は楓さん凄かったね。おっぱい張ってるから生理前?』
「もう。涼太くん胸しか見てないんだから。ヘンターイ」
あんなに抱き合ったのに、まだ足りないとばかりのハグとキスの雨。年齢を忘れて馬鹿になれる事後の甘酸っぱい幸せの時間。
「あのね、弟夫婦に娘が生まれたんだ」
『おお、おめでとう。名前は?』
「春生まれだから、ハルカ。太陽の陽に香るって書くの」
楓の人差し指が空中で踊る。透明なキャンバスに陽香と書き終えた彼女は、その指を紺野の指に絡めた。
『良い名前じゃん。太陽の匂いがしそうな明るい名前』
「そうなの。弟が付けたにしてはセンスある」
『ははっ。弟さんセンス悪いの?』
「そうなの。服のセンスが救いようのないセンスの悪さでダサくてねぇ。子どもの名付けだけはセンスあってくれて、姉としてはホッとしたよ」
楓の物言いに紺野は声をあげて笑っていた。彼の横顔を眺める彼女は、紺野の二の腕に額を寄せる。
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[姉ちゃん出産祝いありがとねー]
[あんたも親になったんだから、これからしっかりね。そのうち陽香《はるか》ちゃんの顔見に行くから]
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二歳下の弟とのメッセージのやりとりを終えた楓は、生まれたばかりの姪の写真が貼り付けられたトークアプリの画面を閉じた。
真っ暗なスリープ画面には溜息をつく女の顔が映っている。
楓が立っているのは神泉《しんせん》駅南口を出た先のコンビニの前。たった今、目の前の踏切の内側を電車が通過した。
『楓さんお待たせ』
駅の方向から楓を目指して走って来る男は夫ではない。婚姻の証を外した左手で楓は彼に手を振った。
待ち合わせの相手は紺野涼太。夫や弟よりもずっと若いこの男子大学生は、マッチングアプリで出会った相手の中で最もお気に入りの男だった。
『楓さんは鎖骨綺麗だから、そういう胸元開いた服が似合うよね』
「ふふっ。ありがとう。涼太くんは褒め上手だなぁ」
今日のために購入した春物のニットワンピースは襟ぐりが大きく開いている。昨夜、入念にボディケアをして磨いたデコルテが太陽の下で輝いていた。
腕を組む男と女の歩みはラブホテル街に向かっている。休憩や宿泊の文字が並ぶ派手な看板の内側に、二人の姿は吸い込まれた。
大きなベッドに重なる二つの身体。与えられる快楽は抑圧された日常から楓を解放してくれる。
『楓さん綺麗。めっちゃ綺麗』
紺野は子犬のように可愛い顔をしていても身体付きはやはり男だ。 がっしりとした男の胸板と腕に抱かれていると、彼女は自分が女であることを実感できた。
加速する律動の最中に交わす甘いキス。最後の瞬間は恥も見栄も捨てて、男も女も欲を貪り尽くす獣となる。
互いの匂いが染み付いた身体を寄せて、二人は天井を仰いだ。絶頂の余韻が残る下半身はまだ熱を帯びている。
『今日は楓さん凄かったね。おっぱい張ってるから生理前?』
「もう。涼太くん胸しか見てないんだから。ヘンターイ」
あんなに抱き合ったのに、まだ足りないとばかりのハグとキスの雨。年齢を忘れて馬鹿になれる事後の甘酸っぱい幸せの時間。
「あのね、弟夫婦に娘が生まれたんだ」
『おお、おめでとう。名前は?』
「春生まれだから、ハルカ。太陽の陽に香るって書くの」
楓の人差し指が空中で踊る。透明なキャンバスに陽香と書き終えた彼女は、その指を紺野の指に絡めた。
『良い名前じゃん。太陽の匂いがしそうな明るい名前』
「そうなの。弟が付けたにしてはセンスある」
『ははっ。弟さんセンス悪いの?』
「そうなの。服のセンスが救いようのないセンスの悪さでダサくてねぇ。子どもの名付けだけはセンスあってくれて、姉としてはホッとしたよ」
楓の物言いに紺野は声をあげて笑っていた。彼の横顔を眺める彼女は、紺野の二の腕に額を寄せる。