〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 夫は極端に性欲が薄く、性行為そのものが面倒なだけなのだ。
気が向いた時に触れてくれた貴重な夜も、夫の愛撫には楓を満たそうとする心遣いは微塵も感じられない。

前戯の最中に夫を口で気持ちよくさせても、夫からオークルセックスをされたことは一度もない。
楓自身はその快楽を味わうこともなく、事務的に繋がって早ければ所要時間10分で事が終わってしまう。

 情事の甘い余韻すらなく寝てしまう夫の横で、女として惨めな夜を何度も過ごした。

 あげくに義両親には孫はまだかと催促される日々。時代錯誤な男尊女卑の思想に洗脳された義母を素晴らしい女性だと褒め称える夫は、マザコンの気質があると常々思っている。

あなたの息子が子作りに消極的だから子どもが出来ないのだと、口煩い義母に言ってやりたくても言えないジレンマを彼女は抱えていた。

 セックスレスの悩みは実家の親にも友達にも相談できない。言えば哀れみの目を向けられる。
昨年結婚した弟夫妻は早々に娘を授かった。尚更、姉の立場では肩身が狭い。

 子どもの有無以前に、彼女は女の自尊心を取り戻したかった。
楓は二十八歳だ。このまま、夫に抱かれない日々を過ごして歳をとる未来を想像すると恐ろしくなる。

『俺はいつでも楓さんを求めてるよ』

 雪崩れ込むように始まった二度目の夢の時間。
セックスの相手をマッチングアプリで探すようにしてから少しだけ気が楽になった。

相変わらず夫との営みは皆無でも、沸き上がる性衝動は婚外の相手で満たされる。夫に女扱いされなくても、彼らが楓を女として扱ってくれた。

 夫は今日から二泊で福岡に出張。夫以外の男との逢瀬が今の楓の心の拠り所だった。

不倫? 浮気?
そんなことは百も承知。

 子どもが生まれたら何かが変わると思っていた。けれど子作りに消極的な夫との間に子どもは望めない。

こんなはずじゃなかった。
何を間違えた? どこで間違えた?

 生まれたての姪の写真すらまともに見れず、弟夫婦にまで嫉妬する自分に嫌気が差す。夢見ていた理想の結婚とは程遠い日常に、楓は疲れていた。

それでも離婚を考えないのは夫を愛しているからだと言えたらよかったのにと、自虐的な薄笑いを浮かべて楓は再び年下の男との快楽遊戯に夢中になった。
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