〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 絵茉を“良い子”と思っていたのは絵茉の両親だけ。21世紀の切り裂きジャックのターゲットにならなかったとしても、至るところに恨みの種を植えていた絵茉はいつか誰かに殺されていたかもしれない。

「人の物を欲しがる人間はいる。親の前では良い子を演じる人間もね」
『心当たりがありそうな言い方だな』
「私もそういう女が同級生にいたのよ」

 死体を見ても、事件関係者からの事件に関係がない無遠慮な長話を聞かされても、表情ひとつ変えなかった美夜の顔色がわずかに曇った。それは九条が初めて目にする美夜の翳《かげ》りの表情。

翳りの理由を尋ねようとした矢先、夜の気配が近付く街に腹の虫が鳴り響いた。腹部を押さえた九条の隣で美夜が苦笑いしている。

『腹減った……』
「そういえば昼ご飯抜きだったね」
『昼はデリヘル店側の愚痴を聞いていたからな。警察は愚痴の相談窓口じゃないっつーの』

 通りの角を曲がると車を停めたコインパーキングがある。パーキングの目の前はコンビニだ。

『先に車戻ってろよ。あそこのコンビニで何か買って来る。欲しい物ある?』
「夕食代わりになりそうな物。チョイスは九条くんに任せる」

 美夜に車の鍵を渡した九条はコンビニに駆け込んだ。店内には雑誌コーナーで雑誌の立ち読みをする仕事帰りのサラリーマンと女子高生がいた。

夕方のコンビニの陳列棚には、昼休みの食料戦争で売れ残った商品と午後に新しく並べられた商品が混在している。
豚ロースの生姜焼き弁当か牛カルビ弁当か悩んでいると、山積みにされたトマトとチーズのパスタが目についた。

 悩んだ末、買い物カゴに入れられたのは豚ロース弁当とトマトとチーズのパスタだった。
カゴに烏龍茶のペットボトルを二本放り込み、眠気覚ましのガムを求めて菓子コーナーに向かった時、少女とすれ違った。雑誌を立ち読みしていたさっきの女子高生だ。

少女はどこか虚ろな目をしていた。手に取った商品を棚に戻すを繰り返す少女の挙動には、購買意欲が感じられない。
九条はガムを選ぶフリをしながら少女の手元に視線を注ぐ。こういう時の刑事の勘は怖いほどよく当たる。

 少女が学生カバンに入れようとしたチョコレートの菓子箱を九条は掴んだ。驚愕の眼差しで九条を見上げる少女に一瞥を送り、彼はそれを自分のカゴに入れた。

『盗むくらいなら俺が買ってやる』

九条の耳打ちに少女は虚ろな目を見開いて硬直する。何も言わない少女に背を向けてレジのカウンターにカゴを下ろした。

「あの、今のって……」
『警察です。このチョコの会計も一緒にお願いします』

 警察手帳を目にした女性店員は表情を強張らせて小さく頷いた。店員も少女の奇行に気付いていたようだ。
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