プラスとマイナスな関係の彼女
夜の公園は、いつもと同じ静けさを保ちながらも、僕たち二人だけの特別な空間に変わっていた。手を繋いだまま、言葉は途切れがちだったが、何かが確かに流れ始めていた。
「康二さん」
真子が小さな声で呼んだ。
「うん?」
「私、ずっと自分の中のマイナスが嫌だった。何をしても埋められない穴みたいで、誰かに助けてもらう資格なんてないって思ってた」
僕は真子の手を少しだけ握り返した。それでも彼女は話を続ける。
「でも、康二さんと話してると、そのマイナスが全部悪いものじゃないのかもって、ちょっとだけ思えた。こうやってゼロになれるなら、それも意味があるのかなって」
彼女の声は弱々しいけれど、そこには確かな意思が宿っていた。
「俺も、プラスばかりじゃないよ。真子が思ってるほど強くも正しくもない。ただ、真子の隣にいたいって気持ちが、俺のゼロなんだ」
その言葉に、彼女は少しだけ微笑んだ。
「それなら…怖がるのも、きっと悪くないよね」
僕は頷き、肩を並べて座った彼女の頭にそっと手を伸ばした。髪の感触は柔らかく、どこか儚さを感じさせるものだった。
「真子、これからも色々あるだろうけど、俺が一緒にいるよ。何かを解決できるわけじゃないけど、ゼロの場所にはいつでも戻れるからさ」
彼女は黙って頷いた。その横顔を月明かりが優しく照らし、まるで過去の痛みや恐れを包み込むようだった。夜が明け、東の空がほんのり明るくなったころ、僕たちはゆっくりと立ち上がった。結局、一晩中語り合い、泣き、笑い、そして静かに過ごした。真子の目には少しだけ疲れが残っていたけれど、どこか穏やかさも漂っていた。
「帰ろうか」
「うん。でも、またゼロになりたくなったら、ここに来てもいい?」
「もちろんだよ。俺もいつでも付き合う」
二人で公園を後にしながら、僕たちは初めて同じ方向を向いて歩き出したような気がした。道はまだ長い。彼女の中のマイナスが消えるわけでも、僕のプラスが完璧になるわけでもない。それでも、一緒に歩けるという事実が、ゼロという奇跡を作り出しているのだと、僕は信じていた。その日から、僕たちは少しずつ「ゼロの空間」を共有する時間を増やしていった。真子は時に涙を見せ、時に笑顔を見せた。僕もまた、自分の弱さや迷いを隠さず、彼女に打ち明けることができた。そして、ある日、真子はそっとこう言った。
「ゼロって、何もないって思ってたけど、本当は何でもある場所なんだね」
その言葉に、僕は大きく頷いた。
「そうだよ。だから、これからも一緒に何でも作っていこう」
プラスとマイナス。それぞれ違う方向を向いていた二つの感情が、ようやく一つの線上に並んだ瞬間だった。真子は僕の手をもう一度しっかりと握り返した。その温もりが、これからも続いていく未来を確かに感じさせてくれた。僕たちはゼロの空間から、何かを生み出すための新たな一歩を踏み出していた。

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