続きは甘く優しいキスで
アパートに向かうタクシーの中、拓真は言った。

「今日はありがとう。明日からもまた、同僚らしく振舞わないとね」

拓真の気持ちを知り、また、自分の気持ちを伝えた今もまだ、こんなお願いをしなければならないことを心苦しく思う。

「拓真君、ごめんね」

「どうして謝るの?俺たちが知り合いだってことは、会社では知られたくないんだろ?碧ちゃんがそうしてほしいなら、いくらでも協力するよ。きっとそれは太田さんのことがあるからなんだよね。でも、電話くらいはかけてもいい?会社で話せない分、話したい」

「それは……」

私はためらった。電話くらいはと思わないではなかったが、万が一を考えた時、それはやめた方がいいと思った。

私の表情からそれを読み取ったのだろう。拓真は申し訳なさそうに言った。

「困らせてごめん。まだ俺は彼氏じゃないわけだから、良くないか」

それが理由ではなかった。もしも太田が気づいた時、嫉妬心をどんな形で私にぶつけてくるかが分からず、怖かったのだ。私はうつむいた。

「ごめんなさい。早く終わらせるから……」

「俺は大丈夫だから。あぁ、着いたみたいだね。……おやすみ。ゆっくり休んで」

「うん。拓真君も。おやすみなさい。またね」

名残惜しいと思っているのはきっと私だけじゃない。街灯の灯りに浮かんで見えた拓真のまなざしも切なげだった。けれど私たちは、その気持ちを吹っ切るように互いに笑顔で手を振り合った。

拓真の乗るタクシーを見送りながら、私は改めて決意を固める。明日になるのか、明後日になるのか分からないけれど、早く太田に別れ話を切り出そう。

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