続きは甘く優しいキスで

3.答えは

太田から名刺を渡された日から、ひと月が過ぎた。

梨都子だけではなく清水からも、ひとまず連絡してみたらと言われたけれど、まだ迷っていた。

必ず返事がほしいという口ぶりではなかったから――。

そんな理由を勝手につけて、彼への電話をずっと後回しにしていた。

この間、ラッキーなことに太田と直接仕事で絡むことはなかったが、同じフロアで働く者同士だ。時折視線を感じて目をやると、何か言いたそうな顔で太田が私を見つめていた。その度に気まずくて、私は今までのような笑顔を作れないでいたが、彼の方にはこれまでと変わった様子は見られなかった。

突然告白されたあの日、付き合ってみようかと思わないではなかった。けれどこれまでのおよそひと月、否が応でも意識せざるを得ない状況にありながら、恋愛的な意味の「好き」という感情はまだ芽生えていない。これからそういう気持ちになるのかどうかだって分からないのに、太田に頷いてしまっていいのか、いっそのこと断った方がすっきりするのではないか――。

そんなことを考え、悶々と思い悩み続けていたある日のことだ。

仕事を終えてロビーに降りた私は、はっとして足を止めた。窓の外を向いた太田の背中が見えたのだ。私が帰る時には彼の姿が見えなかったから、もう帰ったとばかり思っていた。なぜこんな所にいるのかと不思議に思ったが、私を待っていたのだとすぐに察した。理由はもちろん、私からの電話がずっとなかったからだろう。

動揺して足元がぐらついた。それを立て直そうと足を動かした時、ヒールの踵がカツンと音を立てた。

太田が振り返った。私の姿を認めた彼は、にっこり笑って軽く手を挙げた。

「お疲れ」
< 17 / 222 >

この作品をシェア

pagetop