続きは甘く優しいキスで
「田苗が言う所のロマンスっていうの?もしそんなものがあったんなら、私もっとうきうきした顔してると思うわよ。それよりも、ほら。田苗の内線、鳴ってるんじゃない?」

私は彼女のデスクの電話を目で指し示して田苗を追い払うと、パソコンの電源に指を伸ばした。立ち上がりを待っている時、ふと嫌な視線を感じてどきりとする。恐る恐る目だけを上げた先にいたのは、太田だった。もの言いたげな、しかし明らかに苛立っているのが分かる顔つきで私をじっと見つめている。私は仕事に集中するふりをして、彼の視線を無視した。

太田の連絡を無視し続けたのは私の意思だ。出張の日以降も、彼から執拗な電話やメッセージは続いていた。出ようと思わないでもなかったけれど、話が堂々巡りなのが分かっていたから、結局は無視する形を取ってしまった。ずっとそのことを考えないようにしていたけれど、こうやって太田と同じフロアにいると、どうすれば彼と綺麗に別れることができるのか、私を完全に諦めてくれるのかと、嫌が応にも考えずにはいられない。心が一気に重くなり、背中を冷や汗が伝う。

私の様子に気がついた田苗が怪訝な顔で訊ねた。

「笹本、大丈夫?気分でも悪い?」

私ははっとして笑顔を見せた。

「なんでもないよ。大丈夫」

「そう?ならいいんだけど。……あのさ、聞きたいことがあって。今日やる予定のこの一覧表なんだけどね」

田苗が私の前にパサッと資料を置く。

まずは仕事しなくちゃ――。

私はそれを手に取り、田苗が指さした箇所に意識を集中させた。
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