続きは甘く優しいキスで
本当はその段階はとっくに過ぎているが――。

「心当たりがあるみたいじゃないか。だったら」

斉藤はさらに声を落として続けた。

「やっぱり一応話しておくわ。去年、管理部の男数人で飲みに行ったことがあったんだ。で、居酒屋に行ったんだけど、そこで隣のテーブル席にいた女の子の一人が、急に泣き出してしまってさ。それも太田を見た途端に」

「え?」

私は眉根を寄せた。

「彼女の隣にいた女の子はその泣いてる子をなだめながら、太田を睨みつけていた。太田の方は、その子のことは知らないって感じで、何が何だか分からないような顔してたな。だけど俺は、実は泣いてた子は太田の元カノかなんかで、別れる時にこじれたりでもしたのかな、って思ってた。それでその子、なかなか泣き止まなくてさ。結局、彼女たちのグループは帰って行ってしまったんだけど、帰り際に、その子がまだしゃくりあげながら怯えるように言ったのが聞こえたんだ」

「なんて言ってたんですか?」

「確か、『怖い、あっちに行って』だったかな。怖い、なんていう言葉、初対面の人間に対して、そうそう出る言葉じゃないと思わないか?酔っぱらいのたわ言と言い切ってしまうには、なんというかあまりにも緊迫感があったしさ。俺の思い過ごしだったのかもしれないけどね」

「そうですか、そんなことが……」

斉藤の話を聞いていて、途中から胸がざわついていた。先日リッコで聞いた清水の話が思い出される。

もしかしてその女の子は――。

「だから、笹本も念のため慎重になった方がいいと思うぜ」

斉藤がさらに声を潜めて言った時、カウンターの方から手元の半券に書かれた数字を読み上げる声が聞こえてきた。
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