続きは甘く優しいキスで
オフィスの賑やかなざわめきを耳にしながら、私はのろのろと立ちあがった。固い顔つきで太田を見る。

「電話もメッセージも、どうして無視するんだ」

低い声で問う太田を怖いと思った。しかし、私は喉の奥で止まりそうになる声を励まして答えた。

「会社で今話すようなことじゃないでしょう」

「笹本が俺のことを無視してるからだろう」

「だって話しても平行線だし、私、太田さんのことが怖いんですもの」

太田は私の言葉に、目元をぴくりとひくつかせた。

「怖い?どうして?俺は笹本のこと、心から愛しているのに」

「愛してる?太田さんの愛し方、私にはただただ怖いだけ。だから別れるって言ったんです」

太田は額際を抑えてため息をついた。

「困ったな……。俺は笹本と別れたいなんて思ったことがないのに」

やはり互いの意思が交わることはない――。

私は唇を噛んだ。

「とにかく、今はそんな話をしてる暇はないので」

私は話を無理やりに終わらせて、再び作業に戻ろうとした。

しかし太田はなおも言う。

「もう一度話し合いたい。今夜、仕事が終わったら部屋に行くから」

私は彼の顔を見ずに言う。

「私、今、友人の家にお世話になっているから、あの部屋にはいません。それに話し合うと言っても、私の気持ちはもう伝えてある。変わることはない。だからもう諦めて下さい」

「待てよ、友人って何?」

太田は鋭い口調で言いながら、私の肩に手を伸ばす。

びくっと身をすくませた時、拓真が入って来た。

「笹本さん、コピーどう?あぁ、太田さん、ここにいたんですか」

「北川……」

明らかに敵意が込められた不機嫌な声と表情の太田に、拓真はまったく動じた様子はない。

「経理課長が太田さんのことを探していましたよ」
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