続きは甘く優しいキスで
廊下の方へ足を向けながら、私は太田の席に目をやった。休憩かそれとも所用で離席しているのか、彼の姿はない。

念のため聞いてみようか――。

私は経理課で仲のいい先輩社員の所に寄って行き、そっと訊ねた。

「太田さんって、今、休憩か何かですか?」

「外出してるよ。会計事務所に届け物があって」

「そうなんですね」

「何か急ぎの用?」

「いえいえ、全然」

「メモでも置いとく?」

「大丈夫です、ほんと」

「そう?」

彼女は不思議そうな顔をしたが、それ以上は特に突っ込んでくることはなかった。

「お邪魔してすいませんでした」

私は彼女にそそくさと頭を下げて、急ぎ足で廊下に出た。資料室に向かいながら、拓真の忠告をふと思い出す。

一人にならないように――。

それが最善なのは分かっていたが、これくらいのことで忙しい他の誰かに一緒に行ってもらうわけにはいかない。それに、社内だ。先日のコピー室のように、仮にどこかで二人きりになったとしても、嫌なことやしつこいことを言ってくるくらいだろう。それくらいなら、反論も我慢もできる。とにかくさっさと用事を済ませて席に戻って来ればいい。それに、外出中というのなら大丈夫だ。

自分を励まして私はきゅっと唇を引き結び、廊下を進んで行く。

資料室の前に着くと、ファイルボックスを抱えたまま社員証を手に取り、センサーにかざしてロックをはずした。ドアを開けてすぐの所にある電気をつけて中に入る。ドアが締まったことを確かめて、足を進めた。

田中から戻すように頼まれたボックスの中身は、ファイルの背中を見る限り、もともと同じ棚に置いてあったもののようだ。
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