続きは甘く優しいキスで
タクシーがすうっと路肩に止まる。私は清水に頭を下げた。

「送ってもらってありがとうございました」

礼を言ってそそくさと降りようとする私を、清水は心配そうな声で引き留めた。

「ちょっと待って、俺もいったん一緒に出るよ。エントランスまで行く」

「え、でも」

「本当に彼氏だって分かったら、俺はさっさと退散するから。すいませんが、少しだけ待っててもらえますか?」

清水は私の返事を聞き流してドライバーに断りを入れ、私に続いてさっとタクシーを降りた。

「清水さん、大丈夫ですから」

「実は不審者だったりしたらまずいから。ね?」

「……それなら、すみませんがそこまでお願いします」

私は清水の申し出を受け入れることにして、彼に付き添われながらエントランスへ足を向けた。

でももしもそこにいるのが本当に太田だとすれば――。

そう思ったら足どりが少し重くなる。電話に出なかったのは気がつかなかっただけで、故意ではなかった。けれど、結果的に太田を無視してしまったと思うと、顔を合わせるのがちょっとだけ怖い。彼が怒っていたとしたらどうしようと思って緊張する。

人影との距離が狭まった時、その人物が早足で近づいてきた。

「笹本!」

やはり太田だった。私の名を呼ぶ声に怒りも不機嫌さも感じられなかったから、私はほっとする。

清水が確認を取るように私に訊ねる。

「彼で間違いない?」

「うん、間違いないです。……わざわざここまでありがとうございました」

私は清水に向かって頭を下げ、礼を言った。

私たちの前で足を止めた太田は、私の手を取って両手で握りしめた。彼の目に清水の姿は映っていないのか、まっすぐに私を見つめている。
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