続きは甘く優しいキスで
大槻が続ける。
「管理部としての業務をひと通り経験してもらう予定ですが、初めは総務に所属してもらいますので、よろしくお願いします。――それでは、北川さんからもひと言お願いします」
大槻に促されて一歩前に出たその人物を、私は課長の田中の背中越しに凝視した。
うそ――。
その顔に見覚えがあると思った瞬間、すでに頭の片隅からさえもすっかり消えていたと思っていた当時の想いが、記憶が、一気に蘇った。
大槻の隣に立っていたのは、元カレだった。そうと分かった瞬間、顔は強張り、どきどきと心音がうるさく響き出した。まずい、と思った。
その昔、私は北川から逃げた。一方的に別れた。彼が当時のことを覚えているとしたら、終わり方が終わり方だっただけに、きっといい思い出ではないはずだ。だけど、あれからすでに七年はたっている。私のことは、さすがにもう覚えていないのではないか。仮に覚えていたとしてもうろ覚えということもあるし、それでなくても今の私が元カノだと気づくだろうか。あの頃とは、洋服の好みもメイクも髪型も変わった。似ている別人かと思いそうなくらいには変わったんじゃないかと思う。それ以前に、この会社に、この部署に、私がいるとは思っていないだろう。そうだ、きっと覚えていないに違いない。だから大丈夫だ――。
根拠が曖昧なのは分かっていたが、私は自分に都合よくそう決めつけた。一方で本当に忘れられていたら寂しいとも思い、すぐさまそんな自分の身勝手さに呆れる。理由はどうあれ、ひと言もなく彼の前から去ったのは私の方だった。今さらそんなことを思う資格はない。
「管理部としての業務をひと通り経験してもらう予定ですが、初めは総務に所属してもらいますので、よろしくお願いします。――それでは、北川さんからもひと言お願いします」
大槻に促されて一歩前に出たその人物を、私は課長の田中の背中越しに凝視した。
うそ――。
その顔に見覚えがあると思った瞬間、すでに頭の片隅からさえもすっかり消えていたと思っていた当時の想いが、記憶が、一気に蘇った。
大槻の隣に立っていたのは、元カレだった。そうと分かった瞬間、顔は強張り、どきどきと心音がうるさく響き出した。まずい、と思った。
その昔、私は北川から逃げた。一方的に別れた。彼が当時のことを覚えているとしたら、終わり方が終わり方だっただけに、きっといい思い出ではないはずだ。だけど、あれからすでに七年はたっている。私のことは、さすがにもう覚えていないのではないか。仮に覚えていたとしてもうろ覚えということもあるし、それでなくても今の私が元カノだと気づくだろうか。あの頃とは、洋服の好みもメイクも髪型も変わった。似ている別人かと思いそうなくらいには変わったんじゃないかと思う。それ以前に、この会社に、この部署に、私がいるとは思っていないだろう。そうだ、きっと覚えていないに違いない。だから大丈夫だ――。
根拠が曖昧なのは分かっていたが、私は自分に都合よくそう決めつけた。一方で本当に忘れられていたら寂しいとも思い、すぐさまそんな自分の身勝手さに呆れる。理由はどうあれ、ひと言もなく彼の前から去ったのは私の方だった。今さらそんなことを思う資格はない。