続きは甘く優しいキスで
いずれにしても、この再会が今の私にとって喜ばしくないことであるのは確かだ。万が一にも北川が気づき、あるいは思い出してしまう時が来るぎりぎりまでは、知らないふりを貫こう。職場だけでの仕事上の付き合いにとどめ、淡々と接している限りは、そう簡単には気づかれやしないだろう。そして、色々な意味で彼とは必要以上に接触しない方が賢明だ。

私は太田の方へちらと目をやった。女性たちの視線を集めた北川に対して、太田が捻じ曲がったおかしな嫉妬心を起こさないとは言いきれない。

そんなことを考えているうちに、北川の自己紹介は終わってしまっていたようだ。

彼は部内の社員たちの顔をぐるりと見渡した。その様子は非常に落ち着いていて、転職者とは思えないほど堂々として見えた。

「管理部門での仕事は初めてですので、皆さん、ご指導よろしくお願いします」

北川は締めくくりの言葉を口にしてから、丁寧に頭を下げた。

その後、彼はやや緊張したような面持ちで、大槻に伴われて総務課にやってきた。改めて課の面々一人一人と挨拶を交わし合う。
 
もちろん私も挨拶したが、その時の彼の表情の中に、例えば動揺や驚愕といった感情の揺れは見当たらなかった。やはり気づいてはいないようだと、複雑ながらも改めて安心する。

各々の簡単な自己紹介が終わり、田中が私に言った。

「笹本さん、北川さんの歓迎会の段取り、お願いできる?管理部全体でということで、部長の都合も聞いておいて」

「分かりました」

そう言えば、彼の苦手な食べ物はなんだったかしら。それは今も変わらないのかな――。

彼の食の好みを思い出そうとしている自分に気づき、私は慌てて頭の中からそれを追い払う。
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