続きは甘く優しいキスで
ここには各部署ごとの過去の資料などが保管されている。中には個人情報も含まれた書類もあるから、入退室者の管理目的で一応のセキュリティシステムが導入されている。入室の際には社員証をかざしてロックを解除する方式になっていた。

そのことを説明してから、私は自分の社員証でドアを開け部屋の中に入った。

「どうぞ」

促す私の声に北川も足を踏み入れる。

「ざっと中を見たら、席に戻りましょう」

「はい」

私は北川の前を歩きながら、保管している資料について簡単に説明する。ひと通り説明が終わり、出入り口に向かいながら私は彼に訊ねた。

「何か質問はありますか?」

すると、ドアの手前で足を止めて北川は言った。

「一つだけ確認したいことが」

「何でしょう?」

振り返った私の前に、北川がずいっと足を踏み出した。

「あの……?」

困惑して後ずさる私を見下ろして、彼は落ち着いた声で言った。

「碧ちゃんだよね」

途端に私の表情は固まった。なぜ分かったのかと思う気持ちと、やっぱり分かったかと思う気持ちとが入り乱れた。けれど本当は、彼が気づくのは時間の問題だろうと、心のどこかで分かってはいた。知らないふりを貫こうという決心は崩れかけ、動揺が顔に出そうになったが、どうにか持ちこたえた。

ここで認めてしまったらきっと責められる――。

そんな展開は避けたい。私はあくまで北川とは初対面だという態度を取り続けようとし、上辺だけの笑顔を貼り付けた。

「私と似ているお知り合いでもいるんですか?さ、戻りましょう」

私は北川から目を逸らした。しかし、背を向けようとした私を彼の声が引き留める。

「待ってくれ」

北川はなおも言葉を続けた。
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