続きは甘く優しいキスで
北川の登場は、女性たちをざわつかせた。そんな彼と私が同じ課になったことを、きっと太田は快く思っていない。だからこそ、間違っても彼には、北川が元カレであることを知られてはいけない。

北川はしばらく考え込むような顔をしていたが、納得したように頷いた。

「分かった。でも」

彼は悪戯っぽい顔で続ける。

「二人きりの時には昔のように呼ぶよ」

私は苦笑を浮かべただけにとどめた。

「今度こそ戻らなきゃ。斉藤さんの仕事、そろそろ区切りがついた頃でしょうから」

部屋を出てオフィスに足を向けながら、私はちらりと隣を歩く北川に目をやった。滑らかな顎のラインが目に入り、どきりとする。同時に、葬り去ったはずの甘酸っぱい想いがこみ上げてきた。そして気づいてしまった。私はやっぱりまだこの人が好きなんだ、と。二人で話す時間を作ってほしいと言われた時、戸惑いながらも本心では嬉しいと思ってしまっていた。

このことは、絶対に太田に悟られてはいけない。別れを告げるつもりではいるが、だからこそ北川を太田と私の問題に巻き込みたくはない。そのためには、北川本人にもこの想いは隠しておいた方がいい。

それに、と力なく思う。

北川が引きずっていたのは私との別れ方であって、私への気持ちではない。言葉の端々に彼の想いがちらついたような気がしたことを思い出すと、もしかして彼も、などと期待してしまいそうになるが、それは私の思い違いだ。彼はただ当時を懐かしんでいただけ。それを私の願望がそう感じさせただけなのだ。

私は自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えるために拳をぎゅっと握り込んだ。
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