続きは甘く優しいキスで
清水に問われて私は答えに窮した。彼の初出社の日に申し合わせた通り、もともと知人だという素振りを見せないようにと、互いに気を付けて会社では振舞っている。しかし会社以外の、どうやら北川のことを知っている人がいる場で顔を合わせるのはこれが初めてで、その場合どういう態度を取ればいいのかは考えていなかった。

清水が不思議そうに私を見る。

「どうかした?」

「え?なんでもないです。どうぞどうぞ。あの、私はそろそろ帰るので……」

「えっ、なんでだよ。まだいいでしょ」

不満そうな顔の清水に引き留められたが、私はそそくさと荷物をまとめ始める。

「でももう、それなりに飲んだから……」

そんなことを言い合っている間にも、北川はカウンター席に座ってしまう。椅子を一つ分しか空けない隣にだ。

挨拶すべきかどうか迷っていたら、北川の方から声をかけてきた。

「見覚えのある後ろ姿だと思ったら、やっぱり笹本さんでしたね。お疲れ様です」

「お疲れ様です……」

帰るきっかけを失った。挨拶を返しながら、私は荷物を再び椅子の背に戻した。

彼なりの気遣いだろうと分かっていながらも、苗字で呼ばれて少しだけ寂しい気持ちになっていた。池上と清水は私にとっては親しい人たちだ。その二人の前でなら名前で呼び合っても構わないのに、と勝手に拗ねた気分になる。

彼は今、私の隣にいて何を思っているのだろうとその横顔を窺い見たが、感情は読み取れなかった。それにしても、総務の二次会に行ったはずだが、早く終わったのだろうか。
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