続きは甘く優しいキスで
「大学を卒業してからは、こっちを離れてて。だから、池上さんがこのお店を開いたって話も知らなかった。少し前に用があってこっちに戻って来た時に、池上さんが前にいたお店に行ってみたんです。その時になって初めて、ここを開いたことを知った次第で……。長年不義理をしてしまいました」

「いやいや、こうやってまた来てくれたんだ。ありがたいって思ってるよ。――それで、拓真君は今、碧ちゃんと同じ会社で働いているのか」

「同じ課にいて、笹本さんには色々と教えてもらってます。同僚というよりは先輩かな。彼女、とてもしっかりしていて、頼りがいがあるんですよ」

「そうなんだ。なんにしても、これを機にぜひまた来てもらえたら嬉しいよ。今度は碧ちゃんとでも一緒に」

「はい、ぜひまた来ようと思ってます」

北川は笑みを浮かべ、それから私を見た。

「その時は、笹本さん、ぜひ付き合ってください」

昔を思い出させるような彼の笑顔にどきりとしてしまう。

「は、はい……」

清水は私たちのやりとりを黙って眺めていたが、ぼそっとつぶやいた。

「もしかしてさ……」

「何?」

聞き返す私に、清水はくすっと意味ありげな笑みを投げてよこしたきり、何も答えない。

「さてと、そろそろ帰ろうかな」

「それなら私も……」

「もっとゆっくりしていけば?」

池上も清水もそう言ってくれたが、色々な意味で心の準備ができていない今、北川の隣では落ち着かない。

「十分ゆっくりしたから」

「だったら、途中まで一緒のタクシーで帰ろう」

「私は自分でタクシー拾って帰りますから、清水さんこそゆっくりしていってください」

「いや、今夜は俺ももう帰るよ。池上さん、碧ちゃんの分と一緒にお会計よろしく」
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