続きは甘く優しいキスで
ひとまずはうまくごまかせたみたい――。

私は胸を撫で下ろし、パソコンの電源を入れた。立ちあがりを待っている時、なんとなく視線を感じて目を上げる。その先では北川が、面白いものでも見たと言うように、笑いをこらえるような顔をしていた。

資料室で約束してから、北川が私を見てそんな顔をすることはなかった。それなのにどうして、と狼狽える。もしも太田に見られたらとまずいと思い、慌てて目を伏せようとした。けれど、同じ課にいるのに避けるような態度を取ってしまう方が逆に不自然で、下手をすれば意識しているように見えないでもない。だから、私はちょっぴり微笑みを浮かべながら軽く頭を下げることにした。

分厚い紙の束を手に、部長の大槻が総務課にやってきたのは、そのすぐ後だった。

「おはようございます」

課の全員がその場でそれぞれに挨拶をする。

「おはよう。――あのね、笹本さん」

大槻が私の傍までやってきた。

彼の手元を見た瞬間に、今日は少し残業になりそうだと思った。

私のいる部署は全体的に残業が多すぎるわけではない。ただ、総務課として部長の仕事を手伝うこともままあって、そういう時は通常業務に加えての仕事となるから少々忙しくなる。そしてだいたいそういう場合は、主に私が引き受ける流れとなっていて、大槻も今では私をメインの秘書役と認識している感があった。

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