続きは甘く優しいキスで
コーヒーを淹れるという作業が、途中で止まっていた。私は急いでマグカップをトレイに並べ始めた。

「早く持って行かないと……」

「後は俺がやるよ」

北川はマグカップを手に取った。

「あ、私が……」

彼を止めようとして手を出しかけた私に、北川は慌てた。ちょうどポットのボタンに手をかけた時だったのだ。

「碧ちゃん、危ないよ」

「ごめんなさいっ」

北川は片目を瞑ってみせた。

「そこで大人しく見ていて。俺にもできるから」

「それなら、お任せします」

彼は手際よく次々とマグカップに湯を注いでいく。その滑らかな動きを眺めながら、思っても仕方のないことを考える。

あの時彼から逃げなかったら、今頃私は――。

何を今さら、と不毛なその考えを慌てて打ち消した。今はそんなことを考えている場合ではない。先に解決しなければならないことがあるのだ。

職場でまで嫉妬心を露わにした行動をとるような太田から、彼の束縛から、早く解放されたい。別れを告げた後のことを考えると怖いけれど、勇気を出して早く行動に起こさなくてはと気が急く。

重いため息が漏れそうになった時北川の声が聞こえて、私は我に返る。

「終わったよ」

なぜか達成感に満ちた様子が微笑ましくて、自然と口元が綻んだ。

「ありがとう。助かったわ」

「どういたしまして。半分ずつ持とうか」

「そうだね」

トレイを持った私たちは注意深い足取りでオフィスに向かった。

北川のやや後ろを歩き、その広い背中を見ているうちに、彼との恋人時代の思い出がありありと蘇ってくる。私の胸は懐かしさでいっぱいになっていた。
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