続きは甘く優しいキスで
北川の目元が和らぐ。

「それもそうだ。さて、行こうか、レストラン。予約の時間に間に合って良かったよ」

そう言って北川は手を差し出した。

「あの……」

その手に戸惑っていると、北川は軽く身をかがめ、重ねて私を促した。

「行くよ」

「はい……」

私はおずおずと彼の手を取り、ソファから立ち上がった。

後は手を離すのだと思っていたら、彼はそのままエレベーターに向かおうとする。

「北川さん、待って。手を離して」

彼は肩越しに振り返り、軽く私をにらんだ。しかしよく見ればその目は笑っている。

「違うでしょ」

「え……」

北川は口元に笑みを含み、戸惑っている私の顔をのぞき込んだ。

「この前、給湯室では名前で呼んでくれたのに。二人の時は昔みたいに呼ぶって約束、忘れた?」

「約束って……」

じっと見つめられて、私は目を逸らした。心の奥までのぞかれてしまいそうで怖かった。

「あ……あの。拓真君、手を離してくれない?恥ずかしいから」

「エレベーターに乗ったら離してあげる」

北川――拓真は意地悪な笑みを浮かべて、私の手をキュッと握った。

「行こうか」

それ以上は逆らえず、私はどきどきしながら彼の後に従った。

結局エレベーターに乗っていた間中も、彼は私の手を離さなかった。ようやく私の手を解放したのは、目的の階に着いてからだった。

レストランに入って行き拓真が名を告げると、早速席まで案内された。

真向かいに北川がいることで、いっそう緊張する。これから話すことになるだろう当時のことが頭にあって、正直言って食事を楽しめる気分ではなかった。

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