このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「リベルト様、、魔物の耐久力を記載するのを忘れていますよ。いつも物理的強さを記入した後は、耐久力が書かれていたと思います」
 つい口を出してしまうと、リベルトの手元がぴたりと止まった。ガリガリとペンが文字を刻む音が消え、室内はしんと静まり返る。
「……よく気づいたな」
 この静けさのなか先に口火を切ったのは、まさかのリベルトだった。
 リベルトはフィリスのほうを振り返り、感心したように目を丸くしている。
「あなたのお世話係になるにあたって、リベルト様がまとめたであろう資料には事前に目を通させてもらったので。ほら、書庫に置いてあったやつです」
「ああ……部屋に置けなくなったやつか」
「はい。お世話させていただくなら、私も見ておいたほうがいいかなと。結構楽しくて、気づいたら全部読んでました! おかげさまでちょっぴり寝不足です」
 フィリスはこの二日間、リベルトがこれまでまとめた資料が書庫にあるとアルバに聞き、時間を見つけて読みに行っていた。
 世話係になるなら、できるだけ主の性格や仕事を理解しておきたい。そのほうが自分の仕事にも役立つ。
 そう思って読みに行っただけだったが、魔物やこれまでの戦績をまとめたリベルトの資料は予想外におもしろかった。これまで無縁だった世界の情報だからだろうか。気づけば深夜まで書庫にこもっていた。
 全部と聞いてリベルトも驚いたのか、さっきより目を見開いている。そもそもフィリスがこの場にいることはなんとも思わないのかと、フィリスは普通に会話を続けながら疑問に思った。
「このタイミングでご挨拶させていただきます。このたび新しくリベルト様のお世話係になりました、フィリス・キャロルと申します。……こちら、あの赤い屋根の家に忘れていましたよ」
 フィリスはにこりと微笑んで、机の上にバッジを置いた。
「やはりあの時の君か……」
「はい。人づてですが、ようやくあなたの名前を知ることができました」
「まさか俺の世話係になるなんて、あの時はわからないだろう。……はぁ。俺は世話係などいらないとあれほど言ったのに」
 リベルトはまったくフィリスを歓迎していないようで、アルバに向けて恨めしそうにそう呟いた。
「というか、どうしてあの時脱走したんですか? 普通に帰ればよかったのに」
「任務を思い出して焦ってたんだ。あの窓から帰るほうがここまでは近道だった」
 それだけだ。とリベルトはクールに言い放つ。そしてまた机に向かおうとしたため、フィリスは慌てて追撃した。
「ま、待ってくださいリベルト様。先に湯あみをして着替えませんか? 軍服が汚れたままでは不衛生です」
 近くに来てまじまじとリベルトを見ると、衣服に土埃などの汚れがついているだけでなく、頬や額にも魔物の返り血を浴びた形跡が残っていた。
(せっかく綺麗な顔なのに……なんで汚れたままで気にならないの!)
 リベルトは目の前のことにしか集中できない性格なのだろう。それにしても、限度というものがある。これではエルマーの言う通り奇人と言われても仕方がない。
「湯あみをして新しい服に着替えて、気分をリフレッシュしてから仕事をしたほうがいいですよ。疲れた身体を休ませるのも重要です。そのほうが頭もすっきりしますし……」
「べつにいい。それほど疲れていない。今は作業をしたいんだ」
「そうは言いましても……」
「俺に構わないでくれ」
 お決まりのセリフを言うと、リベルトはまた背中を向けてしまった。
 その後何度も説得を試みるも、リベルトは聞く耳を持たない。
(アルバ団長の言う通り、待つしかないのかしら)
 フィリスはめげそうになる心を奮い立たせ、リベルトが言うことを聞かずともそばを離れようとはしなかった。
 仕事に熱中している間にまた勝手に部屋の掃除を進め、散らかった床をピカピカに磨いて行く。
 そして隙を見てはリベルトに声をかけ、なんとか休ませようと試みた。あまりにフィリスがしつこいのと、本人も気になったのか、さすがにその日の夜に湯あみをしてくれた。
 だが食事は最低限しかとらず、ほぼ寝ないで机に向かう。
 そんな日々が三日ほど続くと……リベルトの顔色がどんどん悪くなっていった。
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