このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「……私の大事な家族は、私以外みんな身体が弱いんです。芸術の仕事をしていますが、筆を握れない日もあります」
フィリスはリベルトの腕を握る力を、無意識にぐっと強めた。
「リベルト様が仕事が大好きで、なにより大事なのはよくわかりました。でも、その仕事に夢中になれるのは健康な身体があってこそです。今のリベルト様は、身体の悲鳴に聞く耳を持っていません。だけどその悲鳴を、私は見過ごせないんです」
数年前のことだ。兄のジェーノが体調を崩していたのに、無理をして黙っていたことがある。
その日中にどうしても仕上げなくてはならない絵があって、休むわけにはいかなかったのだろう。
〝大丈夫〟と笑う兄の言葉を信じて、少し様子がおかしいのに気づきながらも、フィリスはなにも追及しなかった。その結果、ジェーノは夜に高熱を出し、三日三晩寝込むことになった。
『頼りなくてごめん。いつもいつも、大事なときにごめん』
辛いのは自分なのに何度も謝るジェーノを見て、フィリスは悔やんだ。あのとき、きちんと言ってあげればよかったと。
『顔色が悪いから、無理をしないで』と。
フィリスは学んだ。本人がいくら大丈夫と言っても、大丈夫でないときはある。
「ここでリベルト様の好きにさせるのは簡単です。だけどわかってください。私はあなたが心配なんです。ふらふらしている姿を見ると、心が痛いんです」
いろんなことを思い出し、フィリスは涙ぐんでしまう。
「……私の回復魔法が人に使えるならすぐにでも使ったけれど、それもできません」
「……魔力は薄々感じていたが、回復魔法なのか」
「はい。植物にだけ効く回復魔法なので、あんまり役には立ちませんが」
リベルトがフィリスに質問したのは、おもえばこれが初めてだった。
「あっ……腕、掴んだままでごめんなさい」
「べつにいいが……謝るのに離してはくれないんだな」
力を緩めてあげるものの、離す気はなかった。なぜなら――。
「休んでくれるまで離しません。リベルト様の身体は、ベッドで寝かせてーって今も叫んでますから」
「……はぁ」
リベルトは俯いて小さなため息をつく。面倒くさいのか、呆れているのかはわからない。だが目の前で揺れるサラサラの黒髪がギシギシになっていく様を、フィリスは絶対見たくないのだ。
「知っていますかリベルト様。睡眠不足は髪の毛にもよくないんですよ。このままだと白髪だらけのつるっぱげになってしまいます」
「それがなにか不都合になるか?」
「な、なりますよ! こんな綺麗な黒髪をしているのに……!」
「そうか。俺の髪は君にとっては綺麗なんだな。自分ではなんとも思ったことがない」
指で前髪をつまむと、リベルトは不思議そうに首を傾げる。
「……あ、だが」
リベルトはふとフィリスを見つめると、フィリスの白銀の髪をさらりと撫でた。
(な、なにっ!?)
突然触れられて、フィリスの心臓がどきりと高鳴る。
年齢の近い異性に髪を触れられるなんて、ジェーノ以外にされたことがない。元婚約者のラウルだって、一度もフィリスの髪に触れてこなかった。
「君の髪は美しいと思う。俺のマイブームな色だ」
「……え」
「この前の大型魔物の毛の色とそっくりだ。まぁ、あっちはもっと太くてごわごわしていたが」
「魔物の毛と比べないでください」
無駄に高鳴った鼓動が馬鹿らしい。
リベルトは魔物の毛と比較しているのか、興味津々にフィリスの髪の毛をひたすら撫でまわしている。そのうち満足したのか、するりと細長い指が離れていった。
「……俺はこれまでも、ここへ来ていろんな人にああしろこうしろ言われてきた。だけど、そうしたほうがいい明確な理由を誰も教えてくれなかった」
(聞く耳を持たなかったの間違いな気もするけど)
思い出すようにぽつりと呟くリベルトに、フィリスは内心そんなことを思う。それでも、リベルトがなにかを伝えようとしてくれている状況が嬉しくて、フィリスは小さく頷きながら話を聞いた。
「フィリス……君のはわかりやすかった。そうだな。頭がぼんやりして、身体がまともに動かなくとも、意識があれば大丈夫という考えは改めよう」
「それは本当に改めてください。というか、これまでどうやって生きてきたんですか? ここに来る前は伯爵家で過ごされていたんですよね?」
「伯爵家ではこんな自由にできなかったからな。元々食にも遊びにも興味がなかったが、こんな生活になったのは魔法騎士団に入ってからだ」
(伯爵家の人たちは、リベルト様のヤバさに気付いてなかったってことね……)
こんな無茶ばかりする人が屋敷にいたら、毎日ヒヤヒヤして仕方ないだろう。現にフィリスはそうなっている。
「では、ここでの生活も少しずつ一緒に改善していきましょう。そのための第一歩は、休息をしっかりとることです」
「わかった。……君の話は納得がいったから、実行してみよう」
「……リベルト様!」
ようやく言うことを聞いてくれた。
素直なリベルトを見てフィリスは猛烈に感動し、自分が疲れているのも忘れて仕事へのやる気が漲ってくる。
「では食事を用意して参ります! 召し上がっているあいだにベッドメイキングを完璧に整えますので、リベルト様はソファに座ってお茶でも飲んでいてください。机に向かうのだけは絶対禁止ですよ。あと、背中の傷も明日治癒魔法使いに診てもらってください」
「わかった」
フィリスはてきぱきとした動きでお茶を淹れると、リベルトがソファに座ったのを確認して早足でキッチンへと向かった。
食事を配膳用のワゴンに乗せ部屋に戻ると、そこにはベッドに横たわり、すやすやと眠りにつくリベルトの姿があった。
部屋にはほのかに残る紅茶の香りと、運んで来たばかりのクリームシチューの甘い香りが漂っている。
フィリスはワゴンを邪魔にならない場所に置き、ソファの前にそっと膝をついた。
(ふふ。やっぱり疲れていたのね)
ソファの余ったスペースで腕を組み、そこに顔を乗せると、フィリスはリベルトのあどけない寝顔に笑みをこぼす。
(おやすみなさい。リベルトさ……ま……)
知らぬ間に瞼が降りてくる。そのままフィリスの意識も夢の中へ落ちて行った。
フィリスはリベルトの腕を握る力を、無意識にぐっと強めた。
「リベルト様が仕事が大好きで、なにより大事なのはよくわかりました。でも、その仕事に夢中になれるのは健康な身体があってこそです。今のリベルト様は、身体の悲鳴に聞く耳を持っていません。だけどその悲鳴を、私は見過ごせないんです」
数年前のことだ。兄のジェーノが体調を崩していたのに、無理をして黙っていたことがある。
その日中にどうしても仕上げなくてはならない絵があって、休むわけにはいかなかったのだろう。
〝大丈夫〟と笑う兄の言葉を信じて、少し様子がおかしいのに気づきながらも、フィリスはなにも追及しなかった。その結果、ジェーノは夜に高熱を出し、三日三晩寝込むことになった。
『頼りなくてごめん。いつもいつも、大事なときにごめん』
辛いのは自分なのに何度も謝るジェーノを見て、フィリスは悔やんだ。あのとき、きちんと言ってあげればよかったと。
『顔色が悪いから、無理をしないで』と。
フィリスは学んだ。本人がいくら大丈夫と言っても、大丈夫でないときはある。
「ここでリベルト様の好きにさせるのは簡単です。だけどわかってください。私はあなたが心配なんです。ふらふらしている姿を見ると、心が痛いんです」
いろんなことを思い出し、フィリスは涙ぐんでしまう。
「……私の回復魔法が人に使えるならすぐにでも使ったけれど、それもできません」
「……魔力は薄々感じていたが、回復魔法なのか」
「はい。植物にだけ効く回復魔法なので、あんまり役には立ちませんが」
リベルトがフィリスに質問したのは、おもえばこれが初めてだった。
「あっ……腕、掴んだままでごめんなさい」
「べつにいいが……謝るのに離してはくれないんだな」
力を緩めてあげるものの、離す気はなかった。なぜなら――。
「休んでくれるまで離しません。リベルト様の身体は、ベッドで寝かせてーって今も叫んでますから」
「……はぁ」
リベルトは俯いて小さなため息をつく。面倒くさいのか、呆れているのかはわからない。だが目の前で揺れるサラサラの黒髪がギシギシになっていく様を、フィリスは絶対見たくないのだ。
「知っていますかリベルト様。睡眠不足は髪の毛にもよくないんですよ。このままだと白髪だらけのつるっぱげになってしまいます」
「それがなにか不都合になるか?」
「な、なりますよ! こんな綺麗な黒髪をしているのに……!」
「そうか。俺の髪は君にとっては綺麗なんだな。自分ではなんとも思ったことがない」
指で前髪をつまむと、リベルトは不思議そうに首を傾げる。
「……あ、だが」
リベルトはふとフィリスを見つめると、フィリスの白銀の髪をさらりと撫でた。
(な、なにっ!?)
突然触れられて、フィリスの心臓がどきりと高鳴る。
年齢の近い異性に髪を触れられるなんて、ジェーノ以外にされたことがない。元婚約者のラウルだって、一度もフィリスの髪に触れてこなかった。
「君の髪は美しいと思う。俺のマイブームな色だ」
「……え」
「この前の大型魔物の毛の色とそっくりだ。まぁ、あっちはもっと太くてごわごわしていたが」
「魔物の毛と比べないでください」
無駄に高鳴った鼓動が馬鹿らしい。
リベルトは魔物の毛と比較しているのか、興味津々にフィリスの髪の毛をひたすら撫でまわしている。そのうち満足したのか、するりと細長い指が離れていった。
「……俺はこれまでも、ここへ来ていろんな人にああしろこうしろ言われてきた。だけど、そうしたほうがいい明確な理由を誰も教えてくれなかった」
(聞く耳を持たなかったの間違いな気もするけど)
思い出すようにぽつりと呟くリベルトに、フィリスは内心そんなことを思う。それでも、リベルトがなにかを伝えようとしてくれている状況が嬉しくて、フィリスは小さく頷きながら話を聞いた。
「フィリス……君のはわかりやすかった。そうだな。頭がぼんやりして、身体がまともに動かなくとも、意識があれば大丈夫という考えは改めよう」
「それは本当に改めてください。というか、これまでどうやって生きてきたんですか? ここに来る前は伯爵家で過ごされていたんですよね?」
「伯爵家ではこんな自由にできなかったからな。元々食にも遊びにも興味がなかったが、こんな生活になったのは魔法騎士団に入ってからだ」
(伯爵家の人たちは、リベルト様のヤバさに気付いてなかったってことね……)
こんな無茶ばかりする人が屋敷にいたら、毎日ヒヤヒヤして仕方ないだろう。現にフィリスはそうなっている。
「では、ここでの生活も少しずつ一緒に改善していきましょう。そのための第一歩は、休息をしっかりとることです」
「わかった。……君の話は納得がいったから、実行してみよう」
「……リベルト様!」
ようやく言うことを聞いてくれた。
素直なリベルトを見てフィリスは猛烈に感動し、自分が疲れているのも忘れて仕事へのやる気が漲ってくる。
「では食事を用意して参ります! 召し上がっているあいだにベッドメイキングを完璧に整えますので、リベルト様はソファに座ってお茶でも飲んでいてください。机に向かうのだけは絶対禁止ですよ。あと、背中の傷も明日治癒魔法使いに診てもらってください」
「わかった」
フィリスはてきぱきとした動きでお茶を淹れると、リベルトがソファに座ったのを確認して早足でキッチンへと向かった。
食事を配膳用のワゴンに乗せ部屋に戻ると、そこにはベッドに横たわり、すやすやと眠りにつくリベルトの姿があった。
部屋にはほのかに残る紅茶の香りと、運んで来たばかりのクリームシチューの甘い香りが漂っている。
フィリスはワゴンを邪魔にならない場所に置き、ソファの前にそっと膝をついた。
(ふふ。やっぱり疲れていたのね)
ソファの余ったスペースで腕を組み、そこに顔を乗せると、フィリスはリベルトのあどけない寝顔に笑みをこぼす。
(おやすみなさい。リベルトさ……ま……)
知らぬ間に瞼が降りてくる。そのままフィリスの意識も夢の中へ落ちて行った。