このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
気になって聞いてみる。フィリスが世話係になってからも、リベルトがまともに食事を摂ったのはこの配膳ワゴンに乗せた晩餐が始めてた。
「薬だ。栄養剤を飲めば栄養はきちんと接種できる」
リベルトが机に並べられた怪しげな瓶を指さした。そこには四つほどの瓶が並んでおり、中には錠剤が詰まっている。
「時短にもなっていい」
「そうかもしれませんが……こういったものの過剰摂取は、時に健康に悪影響を及ぼす可能性もあると思います。それに、市場に出回っているものが必ずしも安全かはわかりませんし……」
栄養剤は、ここ数年で市場に出回ったものだ。フィリスも存在は知っていたが、実際に見たのは初めてである。まだ健康への影響がきちんと証明されていないものを、そこまで頼るにはやや早すぎる気もした。
「あくまで栄養剤は補助的なものとして扱ったほうがよいかと。せっかく食事がたくさん摂れる環境にいるのですから、もったいないですよ」
リベルトは説得力さえあれば、言うことを聞いてくれる。それは昨日で立証済みだ。フィリスはなんとかして、リベルトにバランスの良い食事摂取を心掛けさせたいと考えた。
「あっ! 好きな食べ物はあったりしますか?」
これでサプリと言われてしまえば終わりだが、僅かな望みを賭けて質問する。
「……そうだな。ホワイトピーチパイ」
「ホワイトピーチパイ?」
名前だけでもみずみずしさが伝わってくる、美味しそうなパイだ。
「ああ。あれが毎日食後のデザートとして出てくるのなら、ご飯を食べる気にもなる」
(よかった! リベルト様にも美味しいって感情はあるんだわ!)
それなら、食にまったく興味がないというわけではないだろう。
「では早速、そのホワイトピーチパイとやらを私が作ってみます!」
一筋の光が差し込んだフィリスは、すぐにでも行動に移ろうと意気込んだ。
「無理だ」
声色を弾ませ気合を入れるフィリスを、リベルトの低音が一刀両断する。
「どうしてですか。ひょっとしてリベルト様、私が料理をできないと思ってます?」
フィリスは頬を膨らませて腰に手を当てる。
令嬢は包丁すら握ったことがない。そう思われるのは至って普通のことだが、フィリスは違う。
昔から一通りの家事を手伝ってきた。キッチンに立つのだって日常茶飯事。一時期はお菓子作りにハマッたこともある。
「アップルパイやパンプキンパイは作った経験があるんですよ! ホワイトピーチパイだって作れます。見ててくださいね!」
「いや、そういう理由でなく――」
「材料調達があるので昼食には間に合いませんから、本日の晩餐を楽しみにしていてください! さっそくホワイトピーチパイについて調べてきますので、なにかあったら呼んでくださいね!」
フィリスはリベルトの言葉をすべて聞き終える前に、気持ちと勢いが先行して部屋を出て行ってしまった。
(絶対にリベルト様をぎゃふんと――じゃなくって、喜ばせてみせるわ!)
一度自室に戻り、湯あみも済ませ身支度を整え直すと、フィリスは魔法騎士団の食堂へと向かった。
「フィリスくん!」
歩いていると、アルバが右手を挙げてフィリスに声をかけてきた。
「アルバ団長、おはようございます」
「いやぁ、フィリスくんも毎日お疲れ様。今日は顔がすっきりしてるね」
「はい。おかげさまで。昨日はよく眠れました」
傍から見ても、クマのできたフィリスの顔は疲れ切って見えたのだろう。心配をかけないようににこりと微笑むと、なぜかアルバが気まずそうに視線を逸らす。
「ナタリアから聞いたよ。……君がリベルトの部屋に入ったまま、朝まで出てこなかったと」
いつの間にやら、ナタリアに一部始終を見られていたらしい。
アルバは後ろ頭をポリポリと掻きながら、相変わらず視線をあちこちに泳がせている。フィリスと目を合わせるのを避けているようだ。
「世話係と言ったが、その、夜の世話までしなくても……」
「!? 待ってくださいアルバ団長。ものすごい勘違いをされています!」
アルバが目を逸らしている理由を察したフィリスは、目を見開いて慌てて誤解を解く。肩を両手で揺さぶりたい衝動に駆られるも、手を伸ばしたところで我に返り我慢した。
「え、違うのかい!? リベルトが部屋に世話係を泊めるなんて前代未聞のことだから、てっきりそういうことかと……」
「ありえません! 大体アルバ団長が言ったんですよ! リベルト様は三大欲求すべてがないと!」
「……そうだったな。いや、すまない。あまりに驚いて勝手に盛り上がってしまった」
アルバは肩を落とし、謝罪で反省の意を示す。
「いくらなんでも盛り上がりすぎですよ……」
上司にあたるアルバ相手にも、フィリスは呆れを隠しきれなかった。
「君の言う通りだ。今朝、めずらしくリベルトが治癒魔法使いを訪ねに行っていたんだ。訓練で背中にできた痣を診てもらうとか言って。しかも、君に頼まれたからなんて言い出すものだから、てっきり一夜を共にして親密になったのかと……」
誰かを泊めるのも、素直に頼みを聞くのも、これまでだとあり得なかったとアルバは勘違いした理由を必死に弁解してくる。
「たしかに私はリベルト様の部屋でうっかり寝落ちしちゃいましたが、変なことはしていません」
「わかった。誤解して悪かったよ」
「私より先にナタリアさんに会ったら、アルバ団長から訂正しておいてくださいね」
アルバは「了解」と敬礼してみせると、そのままフィリスとは反対側のほうへ歩いて行った。
(アルバ団長に早めに会っておいてよかったわ。変な噂が先行したらたまったものじゃない)
「あ、フィリスさん。聞きましたよ。リベルトと一夜を共にしたらしいですね」
気を取り直して食堂に行こうとしたところで、今度はエルマーが偶然通りかかる。
「エルマー指揮官……はぁ。それは誤解なんです!」
「? どういうことですか?」
この短時間でいったいどこまで広まっているのか。
アルバの誤解を解くのと同じように、フィリスはエルマーの勘違いを解いた。
「なんだ。みんなが勝手に話を飛躍させただけだったんですね。まぁ、そんなこととは思ってましたけど」
「あ、じゃあ私をからかったんですね。エルマー指揮官ったらひどいです」
「すみません。あなたがどんな反応をするのか見てみたかったんです」
あはは、と棒読みな笑いと共に、エルマーは悪びれもなく言った。
「薬だ。栄養剤を飲めば栄養はきちんと接種できる」
リベルトが机に並べられた怪しげな瓶を指さした。そこには四つほどの瓶が並んでおり、中には錠剤が詰まっている。
「時短にもなっていい」
「そうかもしれませんが……こういったものの過剰摂取は、時に健康に悪影響を及ぼす可能性もあると思います。それに、市場に出回っているものが必ずしも安全かはわかりませんし……」
栄養剤は、ここ数年で市場に出回ったものだ。フィリスも存在は知っていたが、実際に見たのは初めてである。まだ健康への影響がきちんと証明されていないものを、そこまで頼るにはやや早すぎる気もした。
「あくまで栄養剤は補助的なものとして扱ったほうがよいかと。せっかく食事がたくさん摂れる環境にいるのですから、もったいないですよ」
リベルトは説得力さえあれば、言うことを聞いてくれる。それは昨日で立証済みだ。フィリスはなんとかして、リベルトにバランスの良い食事摂取を心掛けさせたいと考えた。
「あっ! 好きな食べ物はあったりしますか?」
これでサプリと言われてしまえば終わりだが、僅かな望みを賭けて質問する。
「……そうだな。ホワイトピーチパイ」
「ホワイトピーチパイ?」
名前だけでもみずみずしさが伝わってくる、美味しそうなパイだ。
「ああ。あれが毎日食後のデザートとして出てくるのなら、ご飯を食べる気にもなる」
(よかった! リベルト様にも美味しいって感情はあるんだわ!)
それなら、食にまったく興味がないというわけではないだろう。
「では早速、そのホワイトピーチパイとやらを私が作ってみます!」
一筋の光が差し込んだフィリスは、すぐにでも行動に移ろうと意気込んだ。
「無理だ」
声色を弾ませ気合を入れるフィリスを、リベルトの低音が一刀両断する。
「どうしてですか。ひょっとしてリベルト様、私が料理をできないと思ってます?」
フィリスは頬を膨らませて腰に手を当てる。
令嬢は包丁すら握ったことがない。そう思われるのは至って普通のことだが、フィリスは違う。
昔から一通りの家事を手伝ってきた。キッチンに立つのだって日常茶飯事。一時期はお菓子作りにハマッたこともある。
「アップルパイやパンプキンパイは作った経験があるんですよ! ホワイトピーチパイだって作れます。見ててくださいね!」
「いや、そういう理由でなく――」
「材料調達があるので昼食には間に合いませんから、本日の晩餐を楽しみにしていてください! さっそくホワイトピーチパイについて調べてきますので、なにかあったら呼んでくださいね!」
フィリスはリベルトの言葉をすべて聞き終える前に、気持ちと勢いが先行して部屋を出て行ってしまった。
(絶対にリベルト様をぎゃふんと――じゃなくって、喜ばせてみせるわ!)
一度自室に戻り、湯あみも済ませ身支度を整え直すと、フィリスは魔法騎士団の食堂へと向かった。
「フィリスくん!」
歩いていると、アルバが右手を挙げてフィリスに声をかけてきた。
「アルバ団長、おはようございます」
「いやぁ、フィリスくんも毎日お疲れ様。今日は顔がすっきりしてるね」
「はい。おかげさまで。昨日はよく眠れました」
傍から見ても、クマのできたフィリスの顔は疲れ切って見えたのだろう。心配をかけないようににこりと微笑むと、なぜかアルバが気まずそうに視線を逸らす。
「ナタリアから聞いたよ。……君がリベルトの部屋に入ったまま、朝まで出てこなかったと」
いつの間にやら、ナタリアに一部始終を見られていたらしい。
アルバは後ろ頭をポリポリと掻きながら、相変わらず視線をあちこちに泳がせている。フィリスと目を合わせるのを避けているようだ。
「世話係と言ったが、その、夜の世話までしなくても……」
「!? 待ってくださいアルバ団長。ものすごい勘違いをされています!」
アルバが目を逸らしている理由を察したフィリスは、目を見開いて慌てて誤解を解く。肩を両手で揺さぶりたい衝動に駆られるも、手を伸ばしたところで我に返り我慢した。
「え、違うのかい!? リベルトが部屋に世話係を泊めるなんて前代未聞のことだから、てっきりそういうことかと……」
「ありえません! 大体アルバ団長が言ったんですよ! リベルト様は三大欲求すべてがないと!」
「……そうだったな。いや、すまない。あまりに驚いて勝手に盛り上がってしまった」
アルバは肩を落とし、謝罪で反省の意を示す。
「いくらなんでも盛り上がりすぎですよ……」
上司にあたるアルバ相手にも、フィリスは呆れを隠しきれなかった。
「君の言う通りだ。今朝、めずらしくリベルトが治癒魔法使いを訪ねに行っていたんだ。訓練で背中にできた痣を診てもらうとか言って。しかも、君に頼まれたからなんて言い出すものだから、てっきり一夜を共にして親密になったのかと……」
誰かを泊めるのも、素直に頼みを聞くのも、これまでだとあり得なかったとアルバは勘違いした理由を必死に弁解してくる。
「たしかに私はリベルト様の部屋でうっかり寝落ちしちゃいましたが、変なことはしていません」
「わかった。誤解して悪かったよ」
「私より先にナタリアさんに会ったら、アルバ団長から訂正しておいてくださいね」
アルバは「了解」と敬礼してみせると、そのままフィリスとは反対側のほうへ歩いて行った。
(アルバ団長に早めに会っておいてよかったわ。変な噂が先行したらたまったものじゃない)
「あ、フィリスさん。聞きましたよ。リベルトと一夜を共にしたらしいですね」
気を取り直して食堂に行こうとしたところで、今度はエルマーが偶然通りかかる。
「エルマー指揮官……はぁ。それは誤解なんです!」
「? どういうことですか?」
この短時間でいったいどこまで広まっているのか。
アルバの誤解を解くのと同じように、フィリスはエルマーの勘違いを解いた。
「なんだ。みんなが勝手に話を飛躍させただけだったんですね。まぁ、そんなこととは思ってましたけど」
「あ、じゃあ私をからかったんですね。エルマー指揮官ったらひどいです」
「すみません。あなたがどんな反応をするのか見てみたかったんです」
あはは、と棒読みな笑いと共に、エルマーは悪びれもなく言った。