このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「というか、私のことはエルマーで大丈夫ですよ。指揮官までつけられると、団員と話している気分になるので」
「そうですか? では、お言葉に甘えてエルマーさんって呼ばせていただきますね」
「はいどうぞ。それであなたは、こんなところでなにをしているんですか?」
「魔法騎士団の食堂へ行く途中です! シェフにホワイトピーチパイのレシピを聞こうと思いまして!」
 顎下くらいの高さで両手を合わせ、フィリスはエルマーに笑いかける。
「……ホワイトピーチパイ? あの奇人の唯一の好物ですね」
「エルマーさんもご存知でしたか。では、本当にリベルト様はそのホワイトピーチパイとやらが好きなんですね」
 早く作ってあげたいなぁと呟くフィリスに、エルマーが初めて会ったときのような哀れみの視線を送った。
「残念ですが、それは無理な話です」
「えっ! どうしてですか!?」
「ホワイトピーチパイは〝雪(せっ)桃(とう)〟という桃を使って作るパイです」
「雪桃?」
 響きが上品なのはもちろんだが、名前を聞いただけで高価な桃だと予想できる。
「雪桃は国が長年かけて生み出した新種の桃です。私も食べたことがありますが、素晴らしい桃でしたよ。現在はこの王宮敷地内でしか栽培されていませんが、あなたも冬になればそのチャンスが巡ってくるでしょう」
「……つまり、冬になるまではホワイトピーチパイは作れないと?」
「そうなりますね。現在の季節は春。さらに夏と秋を越えるまでは不可能です」
 フィリスはエルマーの話を聞いてやっと、リベルトが『無理』と言った意味がわかった。
「リベルトは初めてホワイトピーチパイを食べたとき、衝撃を受けたんでしょう。食に興味のないあの彼が、バクバクと平らげていましたからね。好きすぎて普通の桃に氷属性の魔法をかけて、独自に雪桃を作ろうとしていたくらいです。あれには私も笑わせてもらいましたよ」
 王宮の庭師はひどく迷惑していたと、エルマーは口元に手を当てて思い出し笑いをしていた。
(魔法を使って雪桃を作り出す……)
 その話を聞いて、フィリスはぴんときた。
 自分の持つ植物魔法を使えば、もしかしたらリベルトが過去にやろうとしたことが叶うかもしれない。
「エルマーさん、雪桃が冬に実るのは、寒冷な気候が成長に不可欠だからですよね?」
「まぁ、そうでしょうね。気温の管理がとても重要だとは聞きました」
「……ちなみにエルマーさんは、魔法で温度調整をすることは可能ですか?」
「それはできますけど……なんだか嫌な予感がしますね」
 なにかを企むフィリスに気付いたのか、エルマーは眉をひそめて一歩後退する。それに合わせるように、今度はフィリスが一歩前へ踏み出した。
「今日は訓練も任務もお休みでしたよね。リベルト様のスケジュール表で確認しました。エルマーさん、少し私にお付き合い願えますか? きっとおもしろいものが見られるかと思います」
「……うーん。面倒ではありますが……わかりました。大した用事もありませんし、あなたの言葉を信じて付き合いましょう」
「ありがとうございます! では早速、王宮の雪桃があるハウスまで案内してください!」
 フィリスはエルマーの両手を握ってお礼を言うと、エルマーはやれやれと肩をすくめた。
「私を案内人に使うのはあなたくらいですよ……」
 小言を言いながらも、なんだかんだエルマーはフィリスの頼みを聞き入れてくれる。
 フィリスはエルマーと共にハウスへ向かうと、ちょうど近くに居合わせた庭師に大きく手を振りながら声をかけた。

** *

「晩餐を食べ終わったら、ご褒美がありますからね!」
 あれだけいらないと言ったのに、フィリスにしつこくそう言われ、リベルトは仕方なく晩餐を食べきった。
 元々小食というわけでもない。ただ、食に喜びを感じるということが幼い頃からなかった。なにをどうやって食べても、特別美味しいと思わなければ、特別不味いとも感じない。
 そのうち食事を摂る時間すら惜しくなり、魔法騎士団の寮へ移って栄養剤の存在を知ってからは、そればかりに頼るようになってしまった。
(二日連続で晩餐をきちんと食べるなんて、久しぶりだな)
 そもそも決まった時間に食事をすることは滅多ない。リベルトは水を飲みながら、デザートを取ってくると意気込んで部屋を出て行ったフィリスを待っていた。
(俺に晩餐を食べさせるために、なにかホワイトピーチパイの代わりを用意したのだろうか)
 フィリスならやりそうだと、リベルトは思った。
 まだ彼女が世話係となってから一週間程度だが、リベルトは現段階で確信していることがある。
 ――彼女は、これまでの世話係とは違う。
 頼んでもないのに、将来のためとか言ってアルバが世話係と雇ってくるのは、ちょうどリベルトが副団長に昇格した二年前からだ。
 リベルト自身、任務をひたすらこなしていたら勝手に昇格していたというだけで、副団長になるのを望んでいたわけでもなかった。それでも、周囲からすればリベルトの強さは一般団員に留めておくには強すぎた。
 副団長になり任務も執務も増え、それに加え趣味の魔物研究や魔法研究に妥協することなく時間を費やしていると、生活リズムが滅茶苦茶になってしまうのは当たり前のこと。
 そんなリベルトの生活管理を正すために、アルバは世話係を雇ったのだろう――だが、本気で正そうとしてくる者はいなかった。
 元々世話係を不必要としていたリベルトは、当然自分のペースを崩そうとはしなかった。嫌がらせでも、わざとでもない。リベルトにとっての普通の日常を、当たり前のように過ごしていただけ。
そうすると勝手に『この人にはなにを言っても無駄だ』と早い段階で諦めてくれる。
 今回もそうかと思った。
(でも、違った。……彼女は、フィリスは……諦めが悪い)
 リベルトが世話係の名前をきちんと覚えたのも、フィリスが初めてだった。自分が相当変わり者だという事実も忘れて、リベルトからすれば、フィリスのほうがよほど変わり者に見えた。
「お待たせしました。リベルト様!」
 フィリスは銀色の皿に蓋をして、中身を見えないようにしてデザートを運んできた。そしてそれをリベルトの前に置くと、こちらの様子を窺うようにして蓋を開ける。
「じゃーん!」
「……!」
 嗅覚を優しく刺激する、雪桃の香り。
 冷たい冬の空気に溶け込むような清涼感と、ほんのりとした甘さが鼻腔をくすぐった。
 黄金色に焼けたパイ生地の上に、淡いピンクと白が混ざりあった雪桃の薄切りがふんだんに並べられている。透明なシロップが雪桃に光沢感を出し、艶やかな輝きを放っていた。
「ご褒美のホワイトピーチパイです!」
 花が周囲に舞っている錯覚を覚えるような、満面の笑みでフィリスが笑う。
 リベルトはホワイトピーチパイにも、フィリスのその笑顔からも目が離せなかった。
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