このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「……本物だ。どうやってこれを?」
雪桃は、冬にしか実らない果実だ。
さらに希少価値が高いため、今の地位になければ簡単にありつけることはできなかっただろう。
「種明かしは後にしましょう。先に召しあがってください」
「ああ。そうする」
望んだご褒美に、おもわずリベルトもふっと笑みが漏れる。
生きてきた中で唯一感動を覚えたホワイトピーチパイを、まさか今日、この春の日に食べられるとは夢にも思わなかった。
フィリスが丁寧に切り分けてくれて、リベルトはフォークを手に取る。
「あ、待ってください!」
口に運ぶ直前、いちばんいいところでフィリスに制止され、リベルトのフォークを持つ手がぴたりと止まった。
晩餐を食べ終えたばかりでお腹は空いていないのに、我慢を強いられると早く食べたいと喉が訴えかけてくる。
「大事なことを言い忘れていました。昨日も今日も、残さず晩餐を食べてくれましたね! リベルト様、やればできるじゃないですか!」
「……俺は小さな子供か」
二十四にもなって、食事を完食したくらいでこんなに褒められるとは。
「無理にとは言いませんが、今後も食べられそうならきちんと食事を摂ってほしいです。どうしても時間がないときはサプリで補う。そうしてくれませんか?」
「それをこのタイミングで言うってことは、頷かないとホワイトピーチパイをお預けにするつもりだろう」
フィリスの企みはリベルトには透けて見えていた。図星だったのか、調子よく喋っていたフィリスの顔が一瞬こわばる。
「俺の唯一の好物を人質にとるとは、なかなかの策士だな」
「う……いいじゃないですか。ホワイトピーチパイを作ったご褒美として、お願いを聞いてください!」
(……俺が褒美をもらうには、彼女にも褒美をあげなくてはならないのか)
そもそも晩餐を食べるご褒美として、ホワイトピーチパイが出されたはずだ。だが、それをタダで受け取らせる気はなかったらしい。世話係というのに、なかなか頭を使ってあれこれしようとするフィリスに、リベルトはもはや感心の念を抱き始めた。
「わかった。でも、どこで雪桃を入手したかは必ず教えてもらう」
「それはもちろんです! ありがとうございます。リベルト様!」
自分の一言で表情がころころ変わるフィリスを見ていると、リベルトの口角が笑顔と気づかれない程度に少し緩む。
「もう食べるぞ」
「好きなだけ食べてください。ふふっ」
リベルトはようやくホワイトピーチパイを口に運んだ。
桃特有の甘さに加えて、冬の風のようなひんやりとした舌ざわり。食べ終えると口内に爽やかさが残り、シロップも甘すぎずいい具合に雪桃に絡みついている。
パイ生地もさくさくとした触感で、リベルトは雪桃単体でなく、このパイ生地と一緒に雪桃を食べるのが好きなのだと改めて気付かされた。
(桃だけで食べたときはなんにも感動しなかったが……やはり、パイにすると美味しいな)
好物を堪能していたそのとき、なんだか視線を感じてそちらに目をやった。すると、フィリスがじぃっとホワイトピーチパイを食べるリベルトを凝視していた。
「……なんだ? 君も食べたいのか?」
「えっ。いいんですか?」
「ああ。君が用意してくれたんだろう。座って一緒に食べたらいい」
そんなに食べたいなら、目線で訴えかけずに言えばいいのにとリベルトは思う。
「……お世話係なのに、一緒に食べていいんですか?」
「逆にダメな理由がどこにあるんだ? 早くしないと、俺が全部食べるぞ」
使用人と主の上下関係などリベルトが気にするわけもなければ、把握する気もなかった。
フィリスもその空気を察したのか、リベルトの向かい側に座ると、パイをひと切れ空いた皿の上に乗せてぱくりと口に含む。
「んーっ! 美味しい!」
左手を頬に添えて、フィリスは至福の笑みを浮かべた。
「味見はしなかったのか?」
「はい。シェフと作ったので間違いはないかなと。最初は絶対、リベルト様に食べてもらいたかったから」
初めての雪桃に舌鼓を打ちながら、フィリスは目を柔らかに細めてリベルト見つめた。
「さっき、すこーしだけど笑ってくれてましたよね。美味しそうに食べてくれて嬉しいです」
自分でも気づいていない笑顔を指摘され、リベルトはフィリスの言葉に同意はできなかった。しかし、ひとつ気づいたことがある。
(そうか。パイではなく、パイを食べる俺を見ていたんだな)
そんなの見たってなにも楽しくないだろうに、フィリスは嬉しいと笑っている。
「……君ってつくづく変わり者だな」
「!? リベルト様にだけは言われたくありません」
本音を漏らすと、フィリスがショックに眉根を寄せて全力否定してきた。
「いいや、君はおかしいぞ。こんな女性には会ったことがない」
フィリスの否定を、今度はリベルトが否定する。
「お、おかしい!? せっかくホワイトピーチパイを用意したのに、なんでそんなこと言われなくちゃいけないんですかぁ……しかもリベルト様に……」
よほど嫌だったのか、フィリスはパイにフォークを指しながらぐったりと項垂れた。
「そんなに落ち込むことか?」
悪口か褒め言葉かでいうと、後者のつもりで言ったのだが、フィリスには伝わっていないようだ。
「落ち込みますよ。どれだけ私は変人なのかって」
そう言って、フィリスは多めのひとくちを豪快に口の中に放り込む。いい食べっぷりで、見ていて気持ちが良い。
「……ん~! 落ち込んでてもパイが美味しすぎて、どうでもよくなっちゃう」
もぐもぐと口を動かして、フィリスは再度雪桃に感動を覚えている。
「なるほど。食事にはそういった効果もあるんだな。美味しいものを食べれば、怒りや悲しみも落ち着かせられる」
「まさにそうです! これは味のない栄養剤を飲んでも得られない快感ですよ」
「覚えておこう」
リベルト自身、あまり感情に振り回されるタイプではない。
好きなことを好きなだけやっているので、知らぬ間に疲労を抱えることはあっても、ストレスはほぼゼロだ。
それでも、覚えておいて損はないだろう。例えば、怒り狂っているアルバやエルマーの機嫌を食事で取れる可能性もある。リベルトはひそやかにそんな悪だくみを考えていた。
「これからいろんなものを食べれば、好物が増えるかもしれません。一緒に探していきましょう。」
「べつに、わざわざ探さなくたって――」
「リベルト様と一緒に楽しめることが増えてよかったです」
あまりに純粋な笑顔を向けられて、リベルトは言いかけた言葉をパイと一緒に飲み込んだ。
(まぁ、いいか……)
世話係の好きにさせてみよう。
そう思えたのは、このホワイトピーチパイが美味しすぎるせいにしておいた。
雪桃は、冬にしか実らない果実だ。
さらに希少価値が高いため、今の地位になければ簡単にありつけることはできなかっただろう。
「種明かしは後にしましょう。先に召しあがってください」
「ああ。そうする」
望んだご褒美に、おもわずリベルトもふっと笑みが漏れる。
生きてきた中で唯一感動を覚えたホワイトピーチパイを、まさか今日、この春の日に食べられるとは夢にも思わなかった。
フィリスが丁寧に切り分けてくれて、リベルトはフォークを手に取る。
「あ、待ってください!」
口に運ぶ直前、いちばんいいところでフィリスに制止され、リベルトのフォークを持つ手がぴたりと止まった。
晩餐を食べ終えたばかりでお腹は空いていないのに、我慢を強いられると早く食べたいと喉が訴えかけてくる。
「大事なことを言い忘れていました。昨日も今日も、残さず晩餐を食べてくれましたね! リベルト様、やればできるじゃないですか!」
「……俺は小さな子供か」
二十四にもなって、食事を完食したくらいでこんなに褒められるとは。
「無理にとは言いませんが、今後も食べられそうならきちんと食事を摂ってほしいです。どうしても時間がないときはサプリで補う。そうしてくれませんか?」
「それをこのタイミングで言うってことは、頷かないとホワイトピーチパイをお預けにするつもりだろう」
フィリスの企みはリベルトには透けて見えていた。図星だったのか、調子よく喋っていたフィリスの顔が一瞬こわばる。
「俺の唯一の好物を人質にとるとは、なかなかの策士だな」
「う……いいじゃないですか。ホワイトピーチパイを作ったご褒美として、お願いを聞いてください!」
(……俺が褒美をもらうには、彼女にも褒美をあげなくてはならないのか)
そもそも晩餐を食べるご褒美として、ホワイトピーチパイが出されたはずだ。だが、それをタダで受け取らせる気はなかったらしい。世話係というのに、なかなか頭を使ってあれこれしようとするフィリスに、リベルトはもはや感心の念を抱き始めた。
「わかった。でも、どこで雪桃を入手したかは必ず教えてもらう」
「それはもちろんです! ありがとうございます。リベルト様!」
自分の一言で表情がころころ変わるフィリスを見ていると、リベルトの口角が笑顔と気づかれない程度に少し緩む。
「もう食べるぞ」
「好きなだけ食べてください。ふふっ」
リベルトはようやくホワイトピーチパイを口に運んだ。
桃特有の甘さに加えて、冬の風のようなひんやりとした舌ざわり。食べ終えると口内に爽やかさが残り、シロップも甘すぎずいい具合に雪桃に絡みついている。
パイ生地もさくさくとした触感で、リベルトは雪桃単体でなく、このパイ生地と一緒に雪桃を食べるのが好きなのだと改めて気付かされた。
(桃だけで食べたときはなんにも感動しなかったが……やはり、パイにすると美味しいな)
好物を堪能していたそのとき、なんだか視線を感じてそちらに目をやった。すると、フィリスがじぃっとホワイトピーチパイを食べるリベルトを凝視していた。
「……なんだ? 君も食べたいのか?」
「えっ。いいんですか?」
「ああ。君が用意してくれたんだろう。座って一緒に食べたらいい」
そんなに食べたいなら、目線で訴えかけずに言えばいいのにとリベルトは思う。
「……お世話係なのに、一緒に食べていいんですか?」
「逆にダメな理由がどこにあるんだ? 早くしないと、俺が全部食べるぞ」
使用人と主の上下関係などリベルトが気にするわけもなければ、把握する気もなかった。
フィリスもその空気を察したのか、リベルトの向かい側に座ると、パイをひと切れ空いた皿の上に乗せてぱくりと口に含む。
「んーっ! 美味しい!」
左手を頬に添えて、フィリスは至福の笑みを浮かべた。
「味見はしなかったのか?」
「はい。シェフと作ったので間違いはないかなと。最初は絶対、リベルト様に食べてもらいたかったから」
初めての雪桃に舌鼓を打ちながら、フィリスは目を柔らかに細めてリベルト見つめた。
「さっき、すこーしだけど笑ってくれてましたよね。美味しそうに食べてくれて嬉しいです」
自分でも気づいていない笑顔を指摘され、リベルトはフィリスの言葉に同意はできなかった。しかし、ひとつ気づいたことがある。
(そうか。パイではなく、パイを食べる俺を見ていたんだな)
そんなの見たってなにも楽しくないだろうに、フィリスは嬉しいと笑っている。
「……君ってつくづく変わり者だな」
「!? リベルト様にだけは言われたくありません」
本音を漏らすと、フィリスがショックに眉根を寄せて全力否定してきた。
「いいや、君はおかしいぞ。こんな女性には会ったことがない」
フィリスの否定を、今度はリベルトが否定する。
「お、おかしい!? せっかくホワイトピーチパイを用意したのに、なんでそんなこと言われなくちゃいけないんですかぁ……しかもリベルト様に……」
よほど嫌だったのか、フィリスはパイにフォークを指しながらぐったりと項垂れた。
「そんなに落ち込むことか?」
悪口か褒め言葉かでいうと、後者のつもりで言ったのだが、フィリスには伝わっていないようだ。
「落ち込みますよ。どれだけ私は変人なのかって」
そう言って、フィリスは多めのひとくちを豪快に口の中に放り込む。いい食べっぷりで、見ていて気持ちが良い。
「……ん~! 落ち込んでてもパイが美味しすぎて、どうでもよくなっちゃう」
もぐもぐと口を動かして、フィリスは再度雪桃に感動を覚えている。
「なるほど。食事にはそういった効果もあるんだな。美味しいものを食べれば、怒りや悲しみも落ち着かせられる」
「まさにそうです! これは味のない栄養剤を飲んでも得られない快感ですよ」
「覚えておこう」
リベルト自身、あまり感情に振り回されるタイプではない。
好きなことを好きなだけやっているので、知らぬ間に疲労を抱えることはあっても、ストレスはほぼゼロだ。
それでも、覚えておいて損はないだろう。例えば、怒り狂っているアルバやエルマーの機嫌を食事で取れる可能性もある。リベルトはひそやかにそんな悪だくみを考えていた。
「これからいろんなものを食べれば、好物が増えるかもしれません。一緒に探していきましょう。」
「べつに、わざわざ探さなくたって――」
「リベルト様と一緒に楽しめることが増えてよかったです」
あまりに純粋な笑顔を向けられて、リベルトは言いかけた言葉をパイと一緒に飲み込んだ。
(まぁ、いいか……)
世話係の好きにさせてみよう。
そう思えたのは、このホワイトピーチパイが美味しすぎるせいにしておいた。