このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
 ラウル・クレイは伯爵家の嫡男で、フィリスの元婚約者だ。辺境地に領地をいくつか持っており、そこからフィリスの住むキャロル男爵家はそれほど距離がない。
 フィリスがまだ十二歳の頃だった。フィリスの父が描いた絵をクレイ伯爵が気に入ったことで、急激にふたりの距離は近づいた。
身分差がありながらもよき友人となった父とクレイ伯爵は、互いの子供同士を婚約させることにした。言い出したのはクレイ伯爵からだったらしい。十四歳のときに婚約が決まり、そこから二十歳まで、フィリスはラウルの婚約者として過ごしていた――が、婚約中、ラウルから好意を感じたことは一度もなかった。
 お茶会の場では常にフィリスに対する愚痴。華がない、好みの服を着ていない、お茶の好みが合わない等々、とにかくいちゃもんをつけてくる。
 話しかけても無視をされるのは日常茶飯事。たまに参加する社交場では、フィリスではなくほかの令嬢とダンスを踊りだす始末。フィリスが段差に躓いたり、歩くのが少し遅かっただけで馬鹿でかいため息をつかれ、自分への嫌悪を露にしてくる……そんな人だった。
(親同士が決めた婚約だから、仕方ないわよね。ラウル様のタイプは私とは反対の女性なんだわ。ある意味、ラウル様もかわいそう)
 ひどい扱いを受けても、そう思えば自然と怒りが湧いてこなかった。最初こそ傷ついて惨めで泣きたくもなったが、慣れとは怖いものだ。ラウルにどんな悪態をつかれても、どうでもよくなるのだから。
 ついでにラウルは、フィリスの魔力についてもよく口を出していた。
 この世界には魔法が存在するが、すべての人が魔法を使えるわけではない。生まれつき体内に魔力を宿しているものだけが、その力を使うことができる。しかもこれは遺伝ではなく、完全に生まれながらの性質で決められる。
 フィリスは男爵家で、唯一の魔力持ちだった。クレイ伯爵が婚約を決めた理由に、この要因は大きかっただろう。
というのも、ラウルは魔力を持っていなかったのだ。クレイ伯爵とその妻は魔力持ちだったが、どちらもそんなに強い魔力を持たず、生活に使えるちょっとした程度の火魔法や水魔法が使える程度だった。
魔法はその力も種類も個人によって差がある。火、水、土、雷、風の五属性を用いた自然魔法、治癒に特化した治癒魔法、ほかにも防御に特化したものなど、とにかくバラバラだ。
 フィリスの持つ魔力は、いわゆる〝回復魔法〟に分類されるものだった。
 だがその回復術は人間には適応されず、植物のみに適用する一風変わった魔力だった。庭の畑や庭園を手入れする際に非常に役立つ稀な魔力だが……世間からすると〝ハズレ〟扱いされるものだ。
 なぜなら、せっかく魔法の中でも最高位に貴重で需要のある回復魔法なのに、人間を回復できないからである。
 傷や病気の治療に特化する治癒魔法と、広範な状態異常や消耗の回復に対応する回復魔法。これらは人にも国にも重宝されており、使えるだけで将来は困らないと言われる〝大アタリ〟な魔力だ。
 だが、フィリスは人間が回復対象でない。そのためラウルからもよく『お前の魔法は人に効かない劣化魔法』と言われていた。
 そして時は過ぎ二十歳を迎え、そろそろ結婚かという時期に一方的に婚約破棄の旨を告げられた。
(失恋したら髪を切るってなにかの本で読んで、勢いのまま心機一転のつもりで切ったけど……そもそもラウル様に恋したことなんてないから、失恋ではないのよね)
 切ってる途中にその事実に気付いたため、僅かしか切らずに終わった。
 ジェーノが眠りについたのを確認し、広間に向かうため階段を降りていると、両親の深刻そうな話声が聞こえてきて足を止める。
「……婚約破棄はフィリスも納得してるようだし、問題なく書類の手続きを進めよう」
「でも、大丈夫なの? 婚約の条件にうちへの支援があったのに、それもなくなったのよね?」
「ああ。そればかりは仕方ない」
「どうするの。フィリスには言えないけど、伯爵のおかげでまがりなりにも貴族の生活ができていたのに」
 ぎしり。
 フィリスが足を動かした先の床が、大きな音を立てて軋む。
「……フィリス!?」
 そのせいで、両親に見つかってしまった。
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