このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~

5 よりよい睡眠を

「フィリスくん! 素晴らしい! この一言につきる!」
「ありがとうございます。アルバ団長」
 フィリスが魔法騎士団で働くようになって一か月が経った。今日はアルバとの定期面談で、最初に面接をした客室に呼び出されている。
 懐かしのオレンジティーとマカロンをお共に始まった面談だったが、開口一番にアルバから称賛を受け、フィリスも鼻が高い。
「いやぁ、まずこの定期面談をできたことが嬉しいよ。これまで一度もできなかったからな!」
「最初の三日間くらいはたしかに心が折れそうでしたが……思ったより、リベルト様は素直な人でした。最近は食事も楽しんでくれています」
「知っているとも。あいつが食堂に来た日はえらく話題になったからな。私のところに団員が押し寄せてきたほどだ」
 アルバは豪快に口を開けて笑った。
「私たちがどれだけ言ってもダメだったのに、フィリスくんはすごい。この短期間であいつを懐柔できているんだからな」
「いえ。まだまだです……ひとつクリアしたとしても、問題は山積みですからね」
「そりゃあそうか。そんな一筋縄でいくようなやつじゃないよなぁ。それでも、続いているだけで君は特別なんだってことを忘れないでくれ」
 仕事をこなしているだけで君は偉いと、アルバは惜しみなく褒めてくれた。
(なんだかアルバ団長がお兄様の代わりになってくれているみたい)
 実家では、いつもジェーノが小さなことでもフィリスを褒めてくれていた。見た目も性格も全然違うが、アルバにジェーノの影が重なって安心感を覚える。
「それで、リベルトに関する現段階でいちばんの悩みはなにかな? やはり、部屋を荒らすことだろうか」
「そうですね……部屋の片づけに関しては、ゴミをむやみに捨てるのはなくなってきましたけど……それよりも、眠らないことですかね」
「……あー。なるほどなぁ」
 アルバは両手を頭の後ろで組むと、うーんと難しそうな表情のまま唸った。
 以前、リベルトに休息の大切さを説いたものの、それはリベルトにとって〝ふらふらになるまで身体を酷使してはいけない〟という意味で解釈されている。
(リベルト様はとにかくショートスリーパーなのよね。資料まとめに訓練、任務があればなんでも向かっちゃう)
睡眠時間を確保するという概念がそもそもないように思える。
「食欲の次は、睡眠欲の改善だな」
「そうですね……頑張ってみます。三大欲求のうちのひとつはクリアできましたからね」
「だな。睡眠の改善が終われば……」
 アルバは言いかけてぴたりと止まる。すると、耳を真っ赤にさせてあたふたとし始めた。
「い、いや。さすがにそこまで任せる気はない! 安心していいぞ。フィリスくん!」
「……? は、はい」
フィリスは自分で三大欲求という言葉を発したものの、特に深い意味もなく、真剣にリベルトの睡眠について考えていたため、アルバがなにをそんなに慌てているのかよくわからないまま面談を終えた。

 あっという間に一日は過ぎ、時刻は二十二時。
 リベルトは湯あみを終えたばかりのさっぱりした身体にナイトガウンを羽織り、部屋に戻って来た。
 フィリスはベッドメイキングをする手を止めて、冷たい水を用意してリベルトに渡す。
「ありがとう」
 受け取った水を喉を鳴らして一気飲みするリベルトの漆黒の髪の毛からは、雫がぽたぽたと落ちている。
拭きが甘いせいで残ったままの水滴は、胸元が大きく開いたガウンの隙間から見える筋肉の線を伝っていく。妙に色っぽく見えて、フィリスはさっと視線を逸らした。
「リベルト様、今日はどうしてガウンなんですか」
「いや、団長がこのガウンは着心地がよく着脱がラクだと言っていたから試してみた。たしかに着替えの時短にはよさそうだ」
 仕事以外のことをなんでも時短したがるのはやめてほしい。
 だが、ダークグレーのシルクガウンは肌触りがよさそうで、リベルトにもよく似合っていた。肩のところが水滴のせいか、色が濃く変わっているのが少し気になる。
「ちゃんと髪を拭かないと、風邪ひいちゃいますよ。せっかくの新品ガウンも濡れてしまいます」
 部屋に置いてある予備のタオルを渡すも、リベルトは肩にかけるだけで拭こうとしない。
「大丈夫だ。君みたいな長い髪ならともかく、俺のは放っておいたら乾く。いつもそうだ」
 そう言いながらまた机に向かうリベルトを見て、フィリスはぎょっとする。
「リベルト様、これから仕事をする気ですか? 今日、ずっと執務をこなしていたじゃないですか」
「仕事というか、趣味だな。興味深い魔法書を見つけてな。王宮の書庫室のものらしいから、返却する前に読み込んでおきたい」
 趣味と言いつつ、リベルトの趣味は結果的に仕事に繋がるようなものばかりである。
「読むのに紙とペンは必要なんですか?」
 机の上には、本と一緒に白い紙といつもの羽ペンが添えられていた。
「当たり前だ。気になるところは書き写す。そうすると自然と頭の中にも残るんだ」
「……リベルト様って、本当に追及の仕方がすごいですよね。いっさい妥協しないというか」
「そうか? 普通だろう」
 絶対に普通ではない。フィリスは声を大にして突っ込みたかったがやめておいた。
「返却はいつなんですか?」
「二か月後だ」
「えっ! それならまだ余裕があるじゃないですか!」
 てっきり返却日まで短いから、急いでいるのかと思った。
「時間があるのだから、今やっても構わないだろう」
「あのー……ずっと気になってたんですけど」
「なんだ」
 リベルトは椅子の向きを斜めに傾けて、机を覗き込むフィリスのほうに身体を向けた。
「リベルト様って、眠くならないんですか?」
 直球な質問に、リベルトが目を丸くする。
「……眠くなるというか、気づいたら気絶しているな。君も見ただろう」
「あれは特殊な例というか……つまり、あそこまでいかないと眠いという感覚が襲ってこないと?」
 普通に一日過ごしているだけでも勝手に眠くなるというのに。なんならぼーっと過ごした日だって眠気はやってくるものだ。
 常人の何倍も身体も頭も使っているリベルトが眠くならないのなら、それは特殊な体質を持っていると考えられる。
「……わからない。本当はすごく眠いのかもしれないが、仕事に夢中になってからはその感覚がどんどんわからなくなってきた」
 膝の上に置いた両手の指先だけを絡めて、リベルトは俯いた。
 眠いのがわからないというのは、どんな感覚なのか。フィリスには想像もつかない悩みだ。
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