このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「リベルト様、ベッドの上でうつ伏せになってください」
「……なにをする気だ?」
「マッサージです。安心してください。背後から襲い掛かろうなんて思っていませんから」
そう、次はマッサージだ。
疲れた体を柔らかくほぐし、リラックス状態にさせれば、自然と眠気も襲ってくるはず。
(ラウル様に覚えろと言われて会得したマッサージ術が、こんなところで役立つとわね。今となっては感謝だわ)
婚約者のフィリスにマッサージを要求していたラウルは、マッサージを受けるといつもあっさりと寝落ちしてしまっていた。寝落ちした瞬間にフィリスはマッサージをやめていたが、それに気付かないほどの熟睡だった。
「では、いきますよ。力抜いてくださいね。リラックス~、リラックス~……」
まずはうつ伏せになったリベルトの脚から、フィリスは優しく手に体重を乗せて圧をかけていく。
「……なかなか気持ちいいな」
「そうでしょう? 私、結構自信あるんです」
この体勢ではリベルトの表情は見えないが、反応がよくてフィリスもより一層マッサージに気合が入る。
(わあ。こうやって見ると、リベルト様の背中って広いんだなぁ……)
ここへ来て数日は、この背中が恨めしかった。いつもいつも背中だけを見せつけられて、こちらを振り向いてくれなかったから。
(……ちょっと強めにマッサージして、背中に仕返ししておこうかしら)
ぐっと力を込めて背中を押すと、硬く引き締まった筋肉が手に吸い付くように感じられた。 長年の鍛錬で培われたであろうその身体は、触れるだけだと硬さが強いが、心地よい圧力をかければ柔らかに反応してくれる。
「んっ……」
リベルトは低い声で息を吐き、首を横にしてフィリスをちらりと見上げてくる。
「そんなに細い腕をしているのに、結構力があるんだな」
くすりとリベルトが微笑を浮かべた。
「痛かったですか?」
「いいや。これくらいがちょうどいい。……ただ」
リベルトがなにか言いたげだったため、フィリスは一旦マッサージする手を止めてリベルトの言葉を待った。
「気持ちは良いが全然眠くならない。睡眠に効果はなさそうだ」
「えぇっ!」
マッサージは自信があったため、フィリスはがっくりきてしまった。
「ただ身体はラクになった。おかげですっきりした」
フォローのつもりなのだろうが、上体を起こしたリベルトは表情まですっきりしている。目まで冴えられては意味がない。
――その後もフィリスはリベルトと温かい紅茶を飲んでみたり、マッサージ後なのにストレッチをしてみたり、あらゆる方法を試してみた。
それでもリベルトは未だに眠くならないようで、今日はもう諦めようかと思ったそのとき。
フィリスはジェーノがよく言っていたある言葉を思い出した。
『フィリスの膝枕が、世界でいちばん気持ちいい枕だ! あっという間に眠ってしまうよ』
お互いにいい年齢になってからは、少し気恥ずかしくてフィリスは膝枕をしなくなったが、もしかしたらリベルトにも効果を発揮するかもしれない。
さすがに床にリベルトを寝かせるのも、自分がリベルトのベッドに上がるのにも抵抗があったため、フィリスはソファの左端に腰掛けてリベルトを呼んだ。
「来てください。リベルト様」
「ソファに座ればいいのか?」
「いえ……その……」
こみ上げる羞恥心を堪え、フィリスは頬を微かに赤く染めたまま、自らの手で膝を軽く叩いた。
「私のここに、頭を乗せて寝てくれますか?」
「……」
リベルトがロングスカートに覆われたフィリスの膝をじっと見つめる。
「……そうすると眠くなる効果があるのか?」
「らしいです。物は試しと思ってどうでしょうか。もちろん、無理にとは言いません」
こっちが緊張している様子を見せたら、リベルトまで緊張してしまうかも。そう思い、フィリスはできるだけ平静を装ってそう言った。
(リベルト様ってあんまりこういうの深く考えなさそうだもの。ひとりで緊張してたって意味ないわ。お兄様に膝枕するのと、なんら変わりないことよ)
変にリベルトを異性として意識しないように、フィリスは自分に言い聞かせる。
「わかった。やってみよう」
思った通り、リベルトは膝枕に対して特に動じることもなく、真顔のままソファに身体を乗せてきた。
そしてゆっくりとフィリスの膝に頭を置くと、片足を折って長すぎる脚をソファに伸ばす。
(これは――思いのほか恥ずかしい!)
実際にやってみてわかった。血の繋がりがあるジェーノに膝枕するのとはわけが違う。
フィリスはなかなかリベルトの表情を見ることができず、ひたすらに壁と睨みっこする。こんなときに限ってリベルトも無言なため、心臓の音だけがやけにうるさく聞こえた。
(ど、どうしよう。このままじゃ心臓の音聞かれちゃうかも!)
意識すればするほど、鼓動は速く、大きく脈打ってしまう。
なにか言わないと、そう思うのに、こんなときに限って言葉が出てこない。
(ん? ……というか、リベルト様がこんなに静かってことは眠くなってるのかも)
喋らないだけでなく、膝を枕にするリベルトは微動だにしないのだ。
それに気づいたフィリスがようやく視線を落とせば――ばっちりとリベルトと目が合ってしまった。よく見ると、リベルトの頬に赤みがさしている。さらにそれはフィリスと目が合ったとたん、まるで内側から火が灯ったかのように色濃く変化していった。
リベルトは自分の顔の熱さに気付いたのか、左手で目から下を覆うようにする。そしてフィリスから視線を逸らすと、小さな声で呟く。
「思ったより……恥ずかしい、な」
いつも仕事以外のことは基本無関心で、あんまり表情を表に出さないリベルトの、初めて見る表情だった。
(リベルト様も、照れたりするんだ……。私と同じ気持ちだったのかな?)
ひとりで緊張していたわけではない。その事実に気付くと、フィリスの心は嘘みたいに落ち着きを取り戻していく。
「……なにをする気だ?」
「マッサージです。安心してください。背後から襲い掛かろうなんて思っていませんから」
そう、次はマッサージだ。
疲れた体を柔らかくほぐし、リラックス状態にさせれば、自然と眠気も襲ってくるはず。
(ラウル様に覚えろと言われて会得したマッサージ術が、こんなところで役立つとわね。今となっては感謝だわ)
婚約者のフィリスにマッサージを要求していたラウルは、マッサージを受けるといつもあっさりと寝落ちしてしまっていた。寝落ちした瞬間にフィリスはマッサージをやめていたが、それに気付かないほどの熟睡だった。
「では、いきますよ。力抜いてくださいね。リラックス~、リラックス~……」
まずはうつ伏せになったリベルトの脚から、フィリスは優しく手に体重を乗せて圧をかけていく。
「……なかなか気持ちいいな」
「そうでしょう? 私、結構自信あるんです」
この体勢ではリベルトの表情は見えないが、反応がよくてフィリスもより一層マッサージに気合が入る。
(わあ。こうやって見ると、リベルト様の背中って広いんだなぁ……)
ここへ来て数日は、この背中が恨めしかった。いつもいつも背中だけを見せつけられて、こちらを振り向いてくれなかったから。
(……ちょっと強めにマッサージして、背中に仕返ししておこうかしら)
ぐっと力を込めて背中を押すと、硬く引き締まった筋肉が手に吸い付くように感じられた。 長年の鍛錬で培われたであろうその身体は、触れるだけだと硬さが強いが、心地よい圧力をかければ柔らかに反応してくれる。
「んっ……」
リベルトは低い声で息を吐き、首を横にしてフィリスをちらりと見上げてくる。
「そんなに細い腕をしているのに、結構力があるんだな」
くすりとリベルトが微笑を浮かべた。
「痛かったですか?」
「いいや。これくらいがちょうどいい。……ただ」
リベルトがなにか言いたげだったため、フィリスは一旦マッサージする手を止めてリベルトの言葉を待った。
「気持ちは良いが全然眠くならない。睡眠に効果はなさそうだ」
「えぇっ!」
マッサージは自信があったため、フィリスはがっくりきてしまった。
「ただ身体はラクになった。おかげですっきりした」
フォローのつもりなのだろうが、上体を起こしたリベルトは表情まですっきりしている。目まで冴えられては意味がない。
――その後もフィリスはリベルトと温かい紅茶を飲んでみたり、マッサージ後なのにストレッチをしてみたり、あらゆる方法を試してみた。
それでもリベルトは未だに眠くならないようで、今日はもう諦めようかと思ったそのとき。
フィリスはジェーノがよく言っていたある言葉を思い出した。
『フィリスの膝枕が、世界でいちばん気持ちいい枕だ! あっという間に眠ってしまうよ』
お互いにいい年齢になってからは、少し気恥ずかしくてフィリスは膝枕をしなくなったが、もしかしたらリベルトにも効果を発揮するかもしれない。
さすがに床にリベルトを寝かせるのも、自分がリベルトのベッドに上がるのにも抵抗があったため、フィリスはソファの左端に腰掛けてリベルトを呼んだ。
「来てください。リベルト様」
「ソファに座ればいいのか?」
「いえ……その……」
こみ上げる羞恥心を堪え、フィリスは頬を微かに赤く染めたまま、自らの手で膝を軽く叩いた。
「私のここに、頭を乗せて寝てくれますか?」
「……」
リベルトがロングスカートに覆われたフィリスの膝をじっと見つめる。
「……そうすると眠くなる効果があるのか?」
「らしいです。物は試しと思ってどうでしょうか。もちろん、無理にとは言いません」
こっちが緊張している様子を見せたら、リベルトまで緊張してしまうかも。そう思い、フィリスはできるだけ平静を装ってそう言った。
(リベルト様ってあんまりこういうの深く考えなさそうだもの。ひとりで緊張してたって意味ないわ。お兄様に膝枕するのと、なんら変わりないことよ)
変にリベルトを異性として意識しないように、フィリスは自分に言い聞かせる。
「わかった。やってみよう」
思った通り、リベルトは膝枕に対して特に動じることもなく、真顔のままソファに身体を乗せてきた。
そしてゆっくりとフィリスの膝に頭を置くと、片足を折って長すぎる脚をソファに伸ばす。
(これは――思いのほか恥ずかしい!)
実際にやってみてわかった。血の繋がりがあるジェーノに膝枕するのとはわけが違う。
フィリスはなかなかリベルトの表情を見ることができず、ひたすらに壁と睨みっこする。こんなときに限ってリベルトも無言なため、心臓の音だけがやけにうるさく聞こえた。
(ど、どうしよう。このままじゃ心臓の音聞かれちゃうかも!)
意識すればするほど、鼓動は速く、大きく脈打ってしまう。
なにか言わないと、そう思うのに、こんなときに限って言葉が出てこない。
(ん? ……というか、リベルト様がこんなに静かってことは眠くなってるのかも)
喋らないだけでなく、膝を枕にするリベルトは微動だにしないのだ。
それに気づいたフィリスがようやく視線を落とせば――ばっちりとリベルトと目が合ってしまった。よく見ると、リベルトの頬に赤みがさしている。さらにそれはフィリスと目が合ったとたん、まるで内側から火が灯ったかのように色濃く変化していった。
リベルトは自分の顔の熱さに気付いたのか、左手で目から下を覆うようにする。そしてフィリスから視線を逸らすと、小さな声で呟く。
「思ったより……恥ずかしい、な」
いつも仕事以外のことは基本無関心で、あんまり表情を表に出さないリベルトの、初めて見る表情だった。
(リベルト様も、照れたりするんだ……。私と同じ気持ちだったのかな?)
ひとりで緊張していたわけではない。その事実に気付くと、フィリスの心は嘘みたいに落ち着きを取り戻していく。