このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「ふふ。……そうですね」
「君は、誰にでも当たり前にこんなことをするのか?」
「いいえ。子供の頃、兄にやってあげたことはありますが……それ以来は初めてです」
「……そうか」
「私も恥ずかしいですよ」
膝の上で広がるリベルトの黒髪に手を伸ばし、優しく撫でるとリベルトがびくりと反応した。
「あ、髪の毛触られるの嫌でしたか?」
「そうじゃない。驚いただけだ。ただ、君はずいぶん余裕があるように見える」
リベルトの眉は少し寄せられ、目は伏せられたまま、不満の色を隠しきれていない。
「余裕なんてないです。でも、さっきよりは出てきました。リベルト様も恥ずかしかったんだなと思うと、安心したというか」
「なるほど。互いに同じという自覚をすると、このむずがゆさは落ち着くんだな」
本人なりの解釈で理解したのか、リベルトは鼻と口を覆っていた左手をようやく退かした。
「……フィリス。そのまま少し、前屈みになってくれないか」
「えっ……」
この体勢で前に屈むと、当たり前にリベルトとの距離が近くなる。
どういった意図かわからないが、邪心の感じられない透き通ったリベルトの瞳に見つめられると、まるで吸い込まれるかのように言うことを聞いてしまう。
「こう、ですか?」
おずおずと身体をゆっくり前に倒すと、フィリスの長く艶やかな髪がはらりと垂れさがる。あと少しでリベルトの顔に触れてしまいそうになり、慌てて後ろに流そうとするが、その前にリベルトの手がフィリスの髪を下からそっと掬い取る。
「相変わらず、絹みたいだな……」
髪を指先に絡めながら、リベルトは目を細めて柔らかな重みを楽しむように髪を撫で続けた。
「たしかに、俺も触っていれば平気になってきた」
リベルトはフィリスが髪に触れてきた気恥ずかしさを、自らも触れることで余裕を取り戻そうとしたようだ。こうすれば〝同じ〟だからと。
「……どうした? 同じことをしたのに、君はまた顔が赤いぞ」
からかっているような様子もなく、リベルトはフィリスを見て本気で不思議がっている。まだからかわれたほうがマシだと、フィリスは目元に影を落としながら思った。
「わ、私もまたリベルト様の髪を撫でれば、平気になります!」
「そういうものなのか。おもしろい」
そんな仕組みあるわけがない。だけどこのまま勘違いしてもらっておこうと思い、フィリスも負けじとリベルトの髪を撫でる。
「君の手は気持ちがいいな……それに、この枕は悪くない」
髪と一緒に耳の縁も優しくなぞっていると、リベルトは気持ちよさげに目を細める。いつのまにかフィリスの髪に触れていた手はリベルトの腹の上に移動していた。このときには、フィリスからも緊張は消えている。
(あ……リベルト様、うとうとしてる)
瞼がゆっくりと重くなり、リベルトは何度も瞬きを繰り返す。そのうち瞳は完全に閉じられ、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
(まさかの作戦成功! やっぱり、お兄様の言ってたことは本当だったのね。私の膝枕には特別な力があるんだわ)
リベルトの寝かしつけに成功したフィリスは、心の中でガッツポーズをして喜んだ。
(……ん? でも、こうなると私が眠れなくなるような……)
膝枕をしているため、フィリスは動くことができない。
比較的、どこでもどんな体勢でも眠れるフィリスはこのまま寝ることも可能だが、万が一寝ぼけて身体を前に倒してしまえば――。
(リベルト様の顔を、私の上半身で潰しちゃうわ!)
そうなればなかなかの笑えない大事故だ。フィリスとしたことが、リベルトを寝かせるのに必死で後先をまったく考えていなかった。
ジェーノが相手のときは、膝が辛くなったタイミングで頬をぺちりと叩いて起こしていたが、せっかく眠れたリベルトを自分の事情で起こしたくはない。
とりあえず、限界まで頑張ってみよう。リベルトが一度でも目を覚ませば、その際に膝から降りてもらえばいい。そう思い、フィリスはリベルトの寝顔を見て時間を潰すことにした。
(……睫毛長いなぁ。鼻筋もスッとして、いつ見ても綺麗な顔。肌も白くてつやつやだわ。あんな不規則な生活をしているのに肌荒れもしないなんて、生まれつき肌が強いのかしら)
陶器のような隙のない肌を見つめていると、自然と頬に指先が伸びる。
起こさないように気を付けながら、人差し指がギリギリ触れるくらいの距離感で頬に数回タッチしていると、リベルトがうっすら瞳を開けた。
「……ん……」
(! 起こしちゃった!?)
すぐに指を引っ込めようとすると、手のひらごとぎゅっとリベルトに握られる。
「っ!?」
リベルトは夢と現実の狭間にいるような寝ぼけまなこでフィリスを見つめると、形の良い薄い唇を僅かに開いた。
「……フィリス」
吐息混じりに名前を呼ぶと、きゅ、と手を握る力を強めて、リベルトは微笑んだ。初めて聞く優しい声色に、フィリスの胸が今日いちばんの高鳴りを知らせる。
リベルトはフィリスの手を握ったまま、またすぅすぅと眠り始めた。フィリスは握られる手のひらを熱くさせ、汗をじわりと滲ませることしかできない。
(……ていうか、このタイミングで降ろせばよかった!)
結局フィリスはその後一時間半、リベルトを膝に乗せたまま動けなかった。もちろんその間も、手は握られたままだった。
「君は、誰にでも当たり前にこんなことをするのか?」
「いいえ。子供の頃、兄にやってあげたことはありますが……それ以来は初めてです」
「……そうか」
「私も恥ずかしいですよ」
膝の上で広がるリベルトの黒髪に手を伸ばし、優しく撫でるとリベルトがびくりと反応した。
「あ、髪の毛触られるの嫌でしたか?」
「そうじゃない。驚いただけだ。ただ、君はずいぶん余裕があるように見える」
リベルトの眉は少し寄せられ、目は伏せられたまま、不満の色を隠しきれていない。
「余裕なんてないです。でも、さっきよりは出てきました。リベルト様も恥ずかしかったんだなと思うと、安心したというか」
「なるほど。互いに同じという自覚をすると、このむずがゆさは落ち着くんだな」
本人なりの解釈で理解したのか、リベルトは鼻と口を覆っていた左手をようやく退かした。
「……フィリス。そのまま少し、前屈みになってくれないか」
「えっ……」
この体勢で前に屈むと、当たり前にリベルトとの距離が近くなる。
どういった意図かわからないが、邪心の感じられない透き通ったリベルトの瞳に見つめられると、まるで吸い込まれるかのように言うことを聞いてしまう。
「こう、ですか?」
おずおずと身体をゆっくり前に倒すと、フィリスの長く艶やかな髪がはらりと垂れさがる。あと少しでリベルトの顔に触れてしまいそうになり、慌てて後ろに流そうとするが、その前にリベルトの手がフィリスの髪を下からそっと掬い取る。
「相変わらず、絹みたいだな……」
髪を指先に絡めながら、リベルトは目を細めて柔らかな重みを楽しむように髪を撫で続けた。
「たしかに、俺も触っていれば平気になってきた」
リベルトはフィリスが髪に触れてきた気恥ずかしさを、自らも触れることで余裕を取り戻そうとしたようだ。こうすれば〝同じ〟だからと。
「……どうした? 同じことをしたのに、君はまた顔が赤いぞ」
からかっているような様子もなく、リベルトはフィリスを見て本気で不思議がっている。まだからかわれたほうがマシだと、フィリスは目元に影を落としながら思った。
「わ、私もまたリベルト様の髪を撫でれば、平気になります!」
「そういうものなのか。おもしろい」
そんな仕組みあるわけがない。だけどこのまま勘違いしてもらっておこうと思い、フィリスも負けじとリベルトの髪を撫でる。
「君の手は気持ちがいいな……それに、この枕は悪くない」
髪と一緒に耳の縁も優しくなぞっていると、リベルトは気持ちよさげに目を細める。いつのまにかフィリスの髪に触れていた手はリベルトの腹の上に移動していた。このときには、フィリスからも緊張は消えている。
(あ……リベルト様、うとうとしてる)
瞼がゆっくりと重くなり、リベルトは何度も瞬きを繰り返す。そのうち瞳は完全に閉じられ、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
(まさかの作戦成功! やっぱり、お兄様の言ってたことは本当だったのね。私の膝枕には特別な力があるんだわ)
リベルトの寝かしつけに成功したフィリスは、心の中でガッツポーズをして喜んだ。
(……ん? でも、こうなると私が眠れなくなるような……)
膝枕をしているため、フィリスは動くことができない。
比較的、どこでもどんな体勢でも眠れるフィリスはこのまま寝ることも可能だが、万が一寝ぼけて身体を前に倒してしまえば――。
(リベルト様の顔を、私の上半身で潰しちゃうわ!)
そうなればなかなかの笑えない大事故だ。フィリスとしたことが、リベルトを寝かせるのに必死で後先をまったく考えていなかった。
ジェーノが相手のときは、膝が辛くなったタイミングで頬をぺちりと叩いて起こしていたが、せっかく眠れたリベルトを自分の事情で起こしたくはない。
とりあえず、限界まで頑張ってみよう。リベルトが一度でも目を覚ませば、その際に膝から降りてもらえばいい。そう思い、フィリスはリベルトの寝顔を見て時間を潰すことにした。
(……睫毛長いなぁ。鼻筋もスッとして、いつ見ても綺麗な顔。肌も白くてつやつやだわ。あんな不規則な生活をしているのに肌荒れもしないなんて、生まれつき肌が強いのかしら)
陶器のような隙のない肌を見つめていると、自然と頬に指先が伸びる。
起こさないように気を付けながら、人差し指がギリギリ触れるくらいの距離感で頬に数回タッチしていると、リベルトがうっすら瞳を開けた。
「……ん……」
(! 起こしちゃった!?)
すぐに指を引っ込めようとすると、手のひらごとぎゅっとリベルトに握られる。
「っ!?」
リベルトは夢と現実の狭間にいるような寝ぼけまなこでフィリスを見つめると、形の良い薄い唇を僅かに開いた。
「……フィリス」
吐息混じりに名前を呼ぶと、きゅ、と手を握る力を強めて、リベルトは微笑んだ。初めて聞く優しい声色に、フィリスの胸が今日いちばんの高鳴りを知らせる。
リベルトはフィリスの手を握ったまま、またすぅすぅと眠り始めた。フィリスは握られる手のひらを熱くさせ、汗をじわりと滲ませることしかできない。
(……ていうか、このタイミングで降ろせばよかった!)
結局フィリスはその後一時間半、リベルトを膝に乗せたまま動けなかった。もちろんその間も、手は握られたままだった。