このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「それだけじゃねぇよな? 俺たちを気遣っていろんな差し入れをしてくれた村人たちも、お前は冷たい態度で突き放した。話しかけるな、近づくなとか言ってな。おかげさまで俺たちの印象は最悪だよ」
「本心を言っただけだ。実際に、俺は迷惑していた」
「俺たち同様、庶民を下に見てるだけだろうが! お前さ、いい加減世渡りってものを知れよ。いつまでそのむかつく仏頂面下げてるつもりだ。口を開いたかと思えば文句ばっかり垂れやがって」
「それは君のほうだろう」
「なんだと!?」
血の気の多さを見せつけるアレンに対し、リベルトは冷静さを失わない。そんな態度がよけいにアレンを苛立たせ、まさに一触即発だ。
「アレン、とりあえず落ち着いてくれ。任務帰りだ。ほかの団員たちも疲れているだろう。この件に関しては、私のほうからしっかりリベルトに注意しておく」
「注意だけじゃなく、上にも報告しろよ。言っとくけど、証人はたくさんいるからな。……こんなやつを副団長に据え置いたって、あんたにいいことないぜ。アルバ団長よ」
吐き捨てるように言うと、アレンはぎろりとリベルトを睨みつけて踵を返す。
ようやく騎士団支部へ戻っていくアレンの背中を見つめながら、アルバは不快ため息をついた。
「……とりあえず、リベルトだけここに残れ。あとのやつらは休んでいいぞ」
疲れを労わるつもりが、最悪な空気になってしまった。
アルバが周囲に気遣いを見せると、団員たちもまた気を遣って颯爽と支部の中へと駆けこんでいく。侍女たちもそれぞれの持ち場に戻り、その場にはアルバにリベルト、そしてフィリスだけが残った。
「あの、私はどうすれば……」
「ああ、フィリスくんはここに残ってくれていいぞ」
「フィリス……!」
尻込みしつつリベルトに近づくと、リベルトが空気も読まずにフィリスを抱き寄せる。
「これだ。この温かさと香りが恋しかった。今日はぐっすり眠れそうだ」
「リベルト様……こんなことしてる場合じゃないかと……く、くるしぃ……」
今日は何故か力が強い。厚い胸板に顔を埋めながら、フィリスはうまく呼吸ができずに悶える。
「フィリスくんの言う通りだ。お前は時と場合を考えろ」
アルバがべりっとリベルトからフィリスを引きはがす。
「で、なんであんな暴言を吐いたんだ。……ったく、あんまりよそと揉めないでくれよ」
「なんでって、俺は思ったことを言っただけだ」
「それが問題なんだよ。あのなリベルト、人間なんでも正直に言えばいいってもんじゃない」
諭すようにアルバが言うが、リベルトはあまり理解していないようだ。
「あの、ちょっといいですか。団長」
様子が気になったのか、その場にエルマーが戻って来た。
「どうしたんだエルマー」
「いえ……今回の件に関しては、あまりリベルトを責めないでほしくて……」
「どうした。お前がリベルトを庇うなんて珍しいな。いつも人一倍愚痴を零しているというのに」
本人の前でそれを言うかと思ったが、リベルトはなにも気にしていないのかあっけらかんとしている。
「たしかにリベルトはアレンさん率いる騎士団にああいった発言をしました。ですが、そうなった経緯がきちんとあるんです」
「経緯? 原因があって騎士団と揉めたってことか?」
「彼ら、私の指揮を無視して好き放題だったんですよ。魔物が物理攻撃に弱いとわかると、ここぞとばかりに前線に出て……それをリベルトが注意すると、今度は怒ってまったく仕事をしなくなったんです。どうせ魔法騎士団が全部手柄を持っていくんだろーとか言って。それでリベルトが、仕事をする気がないなら邪魔だ。足手まといだと言ったんです」
「……なるほどな。そういう流れなら、リベルトの言いたいこともわかる」
エルマーの話を聞けば、リベルトが騎士団を馬鹿にして出た発言ではないとすぐにわかった。それなのに、なぜアレンはあんな言い方をしたのだろうか。
「だがなぁリベルト。お前、アレンが面倒なやつだってことは重々わかってるだろ? あいつはプライドの塊なんだ。扱い方を間違えれば、今みたいに攻撃される。そのうえ口がうまいからな。お前の印象が悪くなるように話を広められれば損しかない」
「仕事に不誠実なやつは任務に必要ない。あいつのプライドなんて、俺には関係ないことだ」
「いや、それはそうなんだがな……よけいなトラブルを増やすのもかったるいだろ? お前は正しいが、正しいが生きやすいかといえばそうでもない。特にこういった大きな組織にいるとな」
酸いも甘いも経験してきたアルバのその言葉は、やけに説得力があった。
「村人に暴言を吐いたのにも、理由があったのか?」
「……若い女性がしつこかったんだ。家に上がっていかないかとか、べたべたしてきて、やたらと距離が近かった」
面倒くさそうに、リベルトがふぅっと息を吐いて淡々とそう言った。
「私たちが宿泊していた村に、すごく綺麗な女性がいたんですよ。アレンさんは彼女を気に入ってたようですが、女性はリベルトに惚れていた様子でした。こんな難ありでも、見た目がいいからどこへ行ってもリベルトはモテる。アレンさんは気に入らなかったんでしょうね」
言葉足らずなリベルトをエルマーが補足する。
女性の猛アピールに耐えかねたリベルトが、結果的に『話しかけるな』と突き放してしまったらしい。
「女性は大号泣で、地獄絵図でした。美人だったので冷たくされた経験がなかったのでしょう」
問題はないと思っていたフィリスだったが、それはとんだ間違いだった。
(リベルト様が任務に行って、なにも起きなかったことってあるの?)
むしろそのほうがレアかもしれない。
「……リベルト、お前はうまいあしらい方を覚える必要があるな」
すべての話を聞いて、アルバが仁王立ちに腕を組んだ状態で言う。
「お前がほかの団員と揉めるのは、これが初めてじゃないだろう。根本な原因があちらにあるとしても、リベルトのコミュニケーション能力にも少なからず問題はある。フィリスくんもそう思わないか?」
いきなり話を振られ、油断していたフィリスはどきりとして反射的に背筋が伸びた。
「コミュニケーション能力を鍛えるべきと、君からも言ってやってくれ。むしろフィリスくん、君がコミュニケーション能力を伝授してやってくれないか」
「えっ! 私が!?」
「いいですね。フィリスさんはコミュ力が高いですから、リベルトにも少し分けてやってください」
まさかのエルマーまで乗っかってきて、フィリスは瞳を泳がせる。そして泳いだ先にいたのは、こちらを真っすぐ見据える紫の瞳。
「フィリス、君がまた、俺になにかを教えてくれるのか?」
休息、食欲、睡眠――それらの成功例があるせいか、リベルトはすっかりフィリスを信用しきっているようだ。
そこに『俺に構うな』と吐き捨てたリベルトはもういない。最初はフィリスを決して見ようとしなかった眼差しが、こんなにも純粋にこちらを捉えて離さない。どこか期待の色が滲んでいるようにも見えて、その結果――。
「……わかりました。やれることはやってみます」
フィリスは折れるしかなかった。
「ありがとうフィリスくん! リベルトの壊滅的なコミュニケーション能力が僅かでも向上することを祈っているぞ!」
「私からもお礼を。ありがとうございます。面倒ごとを引き受けてくれて」
アルバはともかく、エルマーの腹黒い笑みを受けて、フィリスはうまいように出し抜かれたことを自覚した。
(仕方ないわ。これも世話係の仕事よ……!)
その夜、フィリスはリベルトのコミュニケーション能力向上作戦を必死に立てた。そしてそれは、次の日から早速実行に移された。――身近な人たちを巻き込んで。
「本心を言っただけだ。実際に、俺は迷惑していた」
「俺たち同様、庶民を下に見てるだけだろうが! お前さ、いい加減世渡りってものを知れよ。いつまでそのむかつく仏頂面下げてるつもりだ。口を開いたかと思えば文句ばっかり垂れやがって」
「それは君のほうだろう」
「なんだと!?」
血の気の多さを見せつけるアレンに対し、リベルトは冷静さを失わない。そんな態度がよけいにアレンを苛立たせ、まさに一触即発だ。
「アレン、とりあえず落ち着いてくれ。任務帰りだ。ほかの団員たちも疲れているだろう。この件に関しては、私のほうからしっかりリベルトに注意しておく」
「注意だけじゃなく、上にも報告しろよ。言っとくけど、証人はたくさんいるからな。……こんなやつを副団長に据え置いたって、あんたにいいことないぜ。アルバ団長よ」
吐き捨てるように言うと、アレンはぎろりとリベルトを睨みつけて踵を返す。
ようやく騎士団支部へ戻っていくアレンの背中を見つめながら、アルバは不快ため息をついた。
「……とりあえず、リベルトだけここに残れ。あとのやつらは休んでいいぞ」
疲れを労わるつもりが、最悪な空気になってしまった。
アルバが周囲に気遣いを見せると、団員たちもまた気を遣って颯爽と支部の中へと駆けこんでいく。侍女たちもそれぞれの持ち場に戻り、その場にはアルバにリベルト、そしてフィリスだけが残った。
「あの、私はどうすれば……」
「ああ、フィリスくんはここに残ってくれていいぞ」
「フィリス……!」
尻込みしつつリベルトに近づくと、リベルトが空気も読まずにフィリスを抱き寄せる。
「これだ。この温かさと香りが恋しかった。今日はぐっすり眠れそうだ」
「リベルト様……こんなことしてる場合じゃないかと……く、くるしぃ……」
今日は何故か力が強い。厚い胸板に顔を埋めながら、フィリスはうまく呼吸ができずに悶える。
「フィリスくんの言う通りだ。お前は時と場合を考えろ」
アルバがべりっとリベルトからフィリスを引きはがす。
「で、なんであんな暴言を吐いたんだ。……ったく、あんまりよそと揉めないでくれよ」
「なんでって、俺は思ったことを言っただけだ」
「それが問題なんだよ。あのなリベルト、人間なんでも正直に言えばいいってもんじゃない」
諭すようにアルバが言うが、リベルトはあまり理解していないようだ。
「あの、ちょっといいですか。団長」
様子が気になったのか、その場にエルマーが戻って来た。
「どうしたんだエルマー」
「いえ……今回の件に関しては、あまりリベルトを責めないでほしくて……」
「どうした。お前がリベルトを庇うなんて珍しいな。いつも人一倍愚痴を零しているというのに」
本人の前でそれを言うかと思ったが、リベルトはなにも気にしていないのかあっけらかんとしている。
「たしかにリベルトはアレンさん率いる騎士団にああいった発言をしました。ですが、そうなった経緯がきちんとあるんです」
「経緯? 原因があって騎士団と揉めたってことか?」
「彼ら、私の指揮を無視して好き放題だったんですよ。魔物が物理攻撃に弱いとわかると、ここぞとばかりに前線に出て……それをリベルトが注意すると、今度は怒ってまったく仕事をしなくなったんです。どうせ魔法騎士団が全部手柄を持っていくんだろーとか言って。それでリベルトが、仕事をする気がないなら邪魔だ。足手まといだと言ったんです」
「……なるほどな。そういう流れなら、リベルトの言いたいこともわかる」
エルマーの話を聞けば、リベルトが騎士団を馬鹿にして出た発言ではないとすぐにわかった。それなのに、なぜアレンはあんな言い方をしたのだろうか。
「だがなぁリベルト。お前、アレンが面倒なやつだってことは重々わかってるだろ? あいつはプライドの塊なんだ。扱い方を間違えれば、今みたいに攻撃される。そのうえ口がうまいからな。お前の印象が悪くなるように話を広められれば損しかない」
「仕事に不誠実なやつは任務に必要ない。あいつのプライドなんて、俺には関係ないことだ」
「いや、それはそうなんだがな……よけいなトラブルを増やすのもかったるいだろ? お前は正しいが、正しいが生きやすいかといえばそうでもない。特にこういった大きな組織にいるとな」
酸いも甘いも経験してきたアルバのその言葉は、やけに説得力があった。
「村人に暴言を吐いたのにも、理由があったのか?」
「……若い女性がしつこかったんだ。家に上がっていかないかとか、べたべたしてきて、やたらと距離が近かった」
面倒くさそうに、リベルトがふぅっと息を吐いて淡々とそう言った。
「私たちが宿泊していた村に、すごく綺麗な女性がいたんですよ。アレンさんは彼女を気に入ってたようですが、女性はリベルトに惚れていた様子でした。こんな難ありでも、見た目がいいからどこへ行ってもリベルトはモテる。アレンさんは気に入らなかったんでしょうね」
言葉足らずなリベルトをエルマーが補足する。
女性の猛アピールに耐えかねたリベルトが、結果的に『話しかけるな』と突き放してしまったらしい。
「女性は大号泣で、地獄絵図でした。美人だったので冷たくされた経験がなかったのでしょう」
問題はないと思っていたフィリスだったが、それはとんだ間違いだった。
(リベルト様が任務に行って、なにも起きなかったことってあるの?)
むしろそのほうがレアかもしれない。
「……リベルト、お前はうまいあしらい方を覚える必要があるな」
すべての話を聞いて、アルバが仁王立ちに腕を組んだ状態で言う。
「お前がほかの団員と揉めるのは、これが初めてじゃないだろう。根本な原因があちらにあるとしても、リベルトのコミュニケーション能力にも少なからず問題はある。フィリスくんもそう思わないか?」
いきなり話を振られ、油断していたフィリスはどきりとして反射的に背筋が伸びた。
「コミュニケーション能力を鍛えるべきと、君からも言ってやってくれ。むしろフィリスくん、君がコミュニケーション能力を伝授してやってくれないか」
「えっ! 私が!?」
「いいですね。フィリスさんはコミュ力が高いですから、リベルトにも少し分けてやってください」
まさかのエルマーまで乗っかってきて、フィリスは瞳を泳がせる。そして泳いだ先にいたのは、こちらを真っすぐ見据える紫の瞳。
「フィリス、君がまた、俺になにかを教えてくれるのか?」
休息、食欲、睡眠――それらの成功例があるせいか、リベルトはすっかりフィリスを信用しきっているようだ。
そこに『俺に構うな』と吐き捨てたリベルトはもういない。最初はフィリスを決して見ようとしなかった眼差しが、こんなにも純粋にこちらを捉えて離さない。どこか期待の色が滲んでいるようにも見えて、その結果――。
「……わかりました。やれることはやってみます」
フィリスは折れるしかなかった。
「ありがとうフィリスくん! リベルトの壊滅的なコミュニケーション能力が僅かでも向上することを祈っているぞ!」
「私からもお礼を。ありがとうございます。面倒ごとを引き受けてくれて」
アルバはともかく、エルマーの腹黒い笑みを受けて、フィリスはうまいように出し抜かれたことを自覚した。
(仕方ないわ。これも世話係の仕事よ……!)
その夜、フィリスはリベルトのコミュニケーション能力向上作戦を必死に立てた。そしてそれは、次の日から早速実行に移された。――身近な人たちを巻き込んで。