このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「ご、ごめんなさい。盗み聞きするつもりじゃなかったんです。……でも、そうでなくともごめんなさい。私のせいで……」
家計が苦しくなってしまう。
キャロル家は芸術への投資や支援を本業とし、父と兄も自ら芸術家として仕事をしているが、最近は売れゆきがよくなかった。
貴族といえども裕福でないため、クレイ伯爵家の領地経営をフィリスが手伝うことで、援助金をもらったりしていたのだ。
「違うわ。フィリスのせいじゃないの。私の言い方が悪かったわ。あなたはいつも、家族のためにいろんなことをやってくれているじゃない」
「そうだぞフィリス。お前は家事も仕事も、文句ひとつ言わず進んでやってくれる。遊びたい年ごろだろうに……幼い頃から今も、ずっと働き者だ。どれだけ助けられたことか」
キャロル家は父も兄も身体が弱かった。そのためすぐに身体を崩してしまう。母はメンタルがあまり強くないせいか、不安に陥りやすい。そして精神面に問題が出ると、それが身体に影響を与えたりしていた。
そんな家族の中で、フィリスだけは精神も肉体も強かった。精神は意地の悪いラウルに鍛えられたのもある。体力も、幼い頃から庭仕事や屋敷の掃除をしていると自然と身に着いた。
「私が好きでやってることです。気にしないでください。婚約破棄になっても、領地経営の手伝いは続けさせてもらいますから! 芸術への投資がなくなっても、そうすればまだお金を稼げます!」
「……いや。それが」
父親が苦虫を嚙み潰したような顔をして、フィリスに一枚の書類を手渡す。
そこには今後いっさいクレイ伯爵家に関わるなということ、領地経営の手伝いも打ち切らせてもらうという内容が記載されていた。
(……そんなに私との縁を完全に断ちたいのね)
書類の右下に書かれたラウルの名前が憎らしい。
自分の名前しか書いてないということは、独断で決めたのだろう。それに気づいたフィリスは、呆れて開いた口が塞がらなくなった。
「お父様、お母様。正直に答えてください。キャロル(う)男爵家(ち)は今、どれくらいやばいのですか」
書類をテーブルに放り投げるように置くと、フィリスは尋問のように両親をじっと見つめた。
「や、やばいっていうのは?」
「お金のことです」
苦笑する母親に、フィリスは食い気味に返事をした。
「……そ、そうだな。ここ数か月、私もジェーノも売り上げはない。そのうえ支援もなくなると……屋根裏部屋の水漏れも修復不可能で、使用人も解雇せざるを得なくなるな」
「つまり、年間五十金貨もいかなくなると?」
しばしの沈黙の後、両親は申し訳なさそうに頷いた。
「わかりました。では、私が働きに出ます。婚約破棄されたのは私の原因なので、そのぶんはきっちり、私に働かせてください」
「し、しかし、どこで仕事を見つけるんだ? それに、私が絵を描くのを頑張るから、フィリスはこれ以上無理をしなくていいんだぞ」
その絵がいつ売れるかわからないのに待っているなんて博打すぎる。そんなことをしていると、母親の精神が先にやられてしまうだろう。
「そうですね……あ、王都に出稼ぎに行ってみます! 王都にはたくさん仕事があるって聞きましたから! 住み込みで働ける場所を探せば、ひとりぶんの食費も浮くでしょう?」
残念ながら、こんな僻地では仕事を探すのにも一苦労だ。王都へ行けば、町の掲示板にたくさんの求人募集が貼ってあると聞いた。
ある程度の経済力ができるまで、屋敷を離れて割のいい仕事を見つけよう。そうすれば、婚約破棄されたことでマイナスになったお金を全額でなくとも補填してあげられる。
「どうか止めないで行かせてください。お願いします!」
フィリスが頭を下げると、父親がふっと小さく笑う。
「……まったく、フィリスには敵わないな。うちの家系は比較的みんな控えめな性格をしていると言われるが……フィリスは亡くなった私の祖母にそっくりだ。好奇心旺盛で前向きで、ついつい周りの世話を焼いてしまう」
「ふふ。お父様、以前もその話をしてくれましたね。私も一度会ってみたかったなぁ」
顔を上げて、フィリスは思い出話をする父親と笑い合った。
「……わかった。なんとも申し訳ないが、現実問題、フィリスの助けがあるのはものすごく助かる。王都への出稼ぎを許可しよう。ただし、無理して嫌な仕事をするのはやめてくれ。自分の中でいいと思える仕事が見つからなければ、すぐ戻ってくるんだぞ」
いいな? と父親がフィリスに念を押す。フィリスが黙って頷くと、話を聞いていた母親も、観念したように小さくため息をついて言う。
「気を付けて行ってらっしゃい。フィリス」
――こうしてフィリスは、僻地を離れ王都へ働きに出ることが決まった。
家計が苦しくなってしまう。
キャロル家は芸術への投資や支援を本業とし、父と兄も自ら芸術家として仕事をしているが、最近は売れゆきがよくなかった。
貴族といえども裕福でないため、クレイ伯爵家の領地経営をフィリスが手伝うことで、援助金をもらったりしていたのだ。
「違うわ。フィリスのせいじゃないの。私の言い方が悪かったわ。あなたはいつも、家族のためにいろんなことをやってくれているじゃない」
「そうだぞフィリス。お前は家事も仕事も、文句ひとつ言わず進んでやってくれる。遊びたい年ごろだろうに……幼い頃から今も、ずっと働き者だ。どれだけ助けられたことか」
キャロル家は父も兄も身体が弱かった。そのためすぐに身体を崩してしまう。母はメンタルがあまり強くないせいか、不安に陥りやすい。そして精神面に問題が出ると、それが身体に影響を与えたりしていた。
そんな家族の中で、フィリスだけは精神も肉体も強かった。精神は意地の悪いラウルに鍛えられたのもある。体力も、幼い頃から庭仕事や屋敷の掃除をしていると自然と身に着いた。
「私が好きでやってることです。気にしないでください。婚約破棄になっても、領地経営の手伝いは続けさせてもらいますから! 芸術への投資がなくなっても、そうすればまだお金を稼げます!」
「……いや。それが」
父親が苦虫を嚙み潰したような顔をして、フィリスに一枚の書類を手渡す。
そこには今後いっさいクレイ伯爵家に関わるなということ、領地経営の手伝いも打ち切らせてもらうという内容が記載されていた。
(……そんなに私との縁を完全に断ちたいのね)
書類の右下に書かれたラウルの名前が憎らしい。
自分の名前しか書いてないということは、独断で決めたのだろう。それに気づいたフィリスは、呆れて開いた口が塞がらなくなった。
「お父様、お母様。正直に答えてください。キャロル(う)男爵家(ち)は今、どれくらいやばいのですか」
書類をテーブルに放り投げるように置くと、フィリスは尋問のように両親をじっと見つめた。
「や、やばいっていうのは?」
「お金のことです」
苦笑する母親に、フィリスは食い気味に返事をした。
「……そ、そうだな。ここ数か月、私もジェーノも売り上げはない。そのうえ支援もなくなると……屋根裏部屋の水漏れも修復不可能で、使用人も解雇せざるを得なくなるな」
「つまり、年間五十金貨もいかなくなると?」
しばしの沈黙の後、両親は申し訳なさそうに頷いた。
「わかりました。では、私が働きに出ます。婚約破棄されたのは私の原因なので、そのぶんはきっちり、私に働かせてください」
「し、しかし、どこで仕事を見つけるんだ? それに、私が絵を描くのを頑張るから、フィリスはこれ以上無理をしなくていいんだぞ」
その絵がいつ売れるかわからないのに待っているなんて博打すぎる。そんなことをしていると、母親の精神が先にやられてしまうだろう。
「そうですね……あ、王都に出稼ぎに行ってみます! 王都にはたくさん仕事があるって聞きましたから! 住み込みで働ける場所を探せば、ひとりぶんの食費も浮くでしょう?」
残念ながら、こんな僻地では仕事を探すのにも一苦労だ。王都へ行けば、町の掲示板にたくさんの求人募集が貼ってあると聞いた。
ある程度の経済力ができるまで、屋敷を離れて割のいい仕事を見つけよう。そうすれば、婚約破棄されたことでマイナスになったお金を全額でなくとも補填してあげられる。
「どうか止めないで行かせてください。お願いします!」
フィリスが頭を下げると、父親がふっと小さく笑う。
「……まったく、フィリスには敵わないな。うちの家系は比較的みんな控えめな性格をしていると言われるが……フィリスは亡くなった私の祖母にそっくりだ。好奇心旺盛で前向きで、ついつい周りの世話を焼いてしまう」
「ふふ。お父様、以前もその話をしてくれましたね。私も一度会ってみたかったなぁ」
顔を上げて、フィリスは思い出話をする父親と笑い合った。
「……わかった。なんとも申し訳ないが、現実問題、フィリスの助けがあるのはものすごく助かる。王都への出稼ぎを許可しよう。ただし、無理して嫌な仕事をするのはやめてくれ。自分の中でいいと思える仕事が見つからなければ、すぐ戻ってくるんだぞ」
いいな? と父親がフィリスに念を押す。フィリスが黙って頷くと、話を聞いていた母親も、観念したように小さくため息をついて言う。
「気を付けて行ってらっしゃい。フィリス」
――こうしてフィリスは、僻地を離れ王都へ働きに出ることが決まった。