このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
 リベルトとジェーノ。ふたりを引き合わせれば、自然とコミュニケーションの練習になる。初対面の人間にどのように接すれば好印象を残せるか――これは、リベルトにとっていいトレーニングになるだろうとフィリスは考えた。
「私は明日、お兄様が来る時間だけ休憩をいただく。こういった形での対処は如何でしょうか」
「フィリスくんがそうしたいならそれでもいいが、せっかくここまで来てくれるんだ。無理はしなくていいぞ」
「ありがとうございます。それと……リベルト様、よければ私と一緒に、お兄様に会ってくれませんか?」
「……俺が?」
 なんのために? と意味を問われる前に、フィリスは返事をする。
「はい。私とお兄様とリベルト様、三人でお茶会をする。これが明日のコミュニケーショントレーニングです!」
 我ながらいい案だと笑うフィリスの前で、リベルトは困惑した表情を浮かべていた。

 ――次の日。
 早めの昼食を終えたフィリスとリベルトは、ジェーノが来るまでのあいだに打ち合わせをすることにした。
「先に忠告しておきますね。うちのお兄様は基本的には物腰が柔らかく優しいのですが……妹の私のこととなると感情的になるのが玉に瑕で……もしかすると、リベルト様に失礼な態度を取るかもしれません」
 ジェーノは身体が弱いのもあり、ほとんど屋敷から出ることがなかった。幼い頃から父親に絵を学び、絵を描くために庭や森へ出たりするくらい。そんな彼の小さな世界で、妹のフィリスは宝物のような存在だったのだろう。
 そのため、ジェーノの妹愛は凄まじい。ラウルとの婚約が決まったときも、一か月以上は落ち込んでいた。大事な妹が自分の手から巣立っていくようで、寂しかったのかもしれない。
 結果的にフィリスの婚約は破綻したが、婚約期間中、ジェーノとラウルが仲良くすることは一度もなかった。
「お兄様はとにかく過保護なんです。今回も、私が仕えるリベルト様がどんな人なのかチェックしにきたに違いありません」
 もちろんそれだけが理由ではないだろうが、そういう目的が今回の来訪に含まれているのは確実だとフィリスは思う。
「故に、リベルト様を見る目も厳しくなります。面倒ごとに付き合わせて申し訳ないですが、これもいい機会だと思って、コミュニケーショントレーニングに繋げてしまいましょう」
「……昨日は女性のうまいあしらい方、だったな。今日のはなんのトレーニングになるんだ?」
「初対面の人に、どう接すれば好印象を与えられるか、です。そこの理解ができれば、この前の騎士団とのトラブルみたいなのは今後起こりづらくなると思います」
 フィリスからしても、リベルトの第一印象は最悪だ。興味がない相手へのリベルトの塩対応は半端ではない。リベルトという人間の事前情報を知っていたらまだしも、突然あんな冷たい態度をとられれば、誰もいい印象は抱かない。
(リベルト様からすると通常運転なんだろうけど――トラブルに繋がってるなら、人との接し方も見直さないといけないわ)
第一印象はそれ以降の評価にも影響を与えると言われているため、とても重要だ。
「意図はわかったが、具体的になにをすればいい?」
「まず、笑顔で挨拶をしましょう! 笑顔は親しみやすさと安心感を与えられます」
「よく知っているな」
「書庫室にある本で学びました」
 そんな本があるのか……と、リベルトは小さな声で呟いた。
「……俺は笑顔を〝作る〟というのをやったことがない。無理に笑えと言われても、難しいな」
「口の端をにっとするだけでいいんです。ほら、こうやって」
 フィリスは人差し指をリベルトの両方の口の端に添えると、無理矢理口角を上げるように上へと引き上げる。
「……ふふっ! 目が全然笑ってない!」
 自分でやっておいて、なんともアンバランスな笑顔にフィリスが笑ってしまう。
「おい。君が笑顔になってどうする」
「ごめんなさい。とりあえず、今の感じを覚えててください。口の端を上げるだけで、印象は変わりますから」
 笑顔の練習をしていると、ドンドンと扉を叩く音が聞こえてくる。きっとジェーノの到着を知らせにきたのだろう。
「えっ。お兄様、もう着いちゃったの」
 結局、笑顔の練習以外なにもできないまま、ぶっつけ本番を迎えることになった。
「とにかく愛想よく! これを忘れずに! では行きましょう。リベルト様」
 部屋を出て玄関先に近づくにつれて、ジェーノがフィリスの名前を呼ぶ声が鮮明になってくる。恥ずかしくもあったが、懐かしい兄の声に自然と歩くスピードが速くなった。
「フィリス!」
 支部の玄関に姿を現すと、ジェーノはフィリスを見つけたとたんに目を大きく見開いた。
「お兄様!」
 目が合った瞬間、ふたりの表情が一気にほころび、互いの名前を呼んだだけで笑顔が溢れる。
「会いたかったフィリス! 立派になって……! もっと僕にその可愛い顔をよく見せて」
 ジェーノは再会の喜びの勢いのままフィリスを抱きしめると、頬を包み込んで上を向かせる。
「もう、お兄様ったら大袈裟なんですから。まだ離れてたった二か月ですよ」
「二か月もフィリスと離れることなんて、人生で一度もなかったろう。僕が持たせた荷物は、ちゃんと部屋に飾ってあるかい?」
「ええ。もちろん」
 相変わらずなジェーノにくすくすと笑っていると、カツカツと靴の音を鳴らしながらリベルトが歩いてくる。そのまま後ろからフィリスの腰に腕を回すと、ぐいっと自分のほうに引き寄せてジェーノから距離を取らせた。
「……リベルト様?」
 振り向いてリベルトのほうを見上げると、リベルトは我に返ったように手を離した。
「すまない。無意識だった」
 緊張しているのか、リベルトの様子がおかしい。だが、そんな彼を気にかける暇もなく、ジェーノが自らの存在感を主張してくる。
「フィリス、こちらの方は?」
 穏やかな口調ではあるが、表情にはフィリスと引き離されたことへの不満が滲んでいた。
「手紙に書いた、魔法騎士団副団長のリベルト様よ」
「あー……フィリスが専属でお世話をしているという……」
 ジェーノは自分よりも背が高いリベルトを、頭のてっぺんからつま先まで何往復もなめるような視線を這わせる。
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