このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「お、お兄様、そんなに見たら失礼よ。きちんと挨拶をして」
「……どうも。ジェーノ・キャロルと申します。〝うちのフィリス〟がお世話になっております。ちなみに僕はフィリスが生まれたその瞬間から、彼女のことを知っています」
 兄弟なんだから当たり前だ。しかしジェーノは自慢げに、かつリベルトをけん制するようにそう言った。
「リベルト・ノールズだ。フィリスにはいろいろと世話になっている」
 リベルトは無駄を省いた至ってシンプルな挨拶だった。ジェーノの謎のマウントも、特にリベルトには効いていない。
「ほら、リベルト様。笑顔をお忘れですよ」
 フィリスが小声でリベルトに言う。リベルトは思い出したかのように、彼なりの精一杯の作り笑顔を浮かべてみた。
「……っ!」
 その笑顔を見て、ジェーノの表情が強張っていく。ジェーノはフィリスの腕を引き、眉間に皺を寄せたまま耳打ちをした。
「フィリス。なんだあの男は。今僕を見下すように笑っていたぞ」
「え、ええ? 気のせいでは……?」
「いいや。気のせいじゃない。悪魔のような微笑みだ」
(……リベルト様に作り笑いをさせるのは逆効果だったみたい)
 隣にいたため、フィリスはリベルトの笑顔を確認できなかったが、今後は無理に笑顔を作らせるのはやめようと心に決めた。
「それよりお兄様。こんなところで立ち話もなんだし、庭園に移動しない? 今日はお兄様とゆっくりお茶でも飲みながらお話ができたらなって」
「ああ。もちろん! 僕も話したいことがたくさんだよ」
「じゃあ移動しましょう。ほら、リベルト様も」
 ふたりきりでないとわかった瞬間、ジェーノが「えっ」と声を上げる。
「……フィリス、彼も一緒なのかい?」
「ええ。私、ふたりに仲良くなってほしいの」
「いや……その気持ちは嬉しいよ。でもせっかくなんだから、兄妹水入らずの時間をさ……」
「……ダメですか? 私、リベルト様に自慢のお兄様のことをよく知ってもらいたくって……」
 寂しそうに眉を下げ、子犬のような顔でジェーノを見つめた。
「……わ、わかった! 僕が悪かったよ。だからそんな寂しい顔しないで。ほら、庭園へ行こう!」
 大好きな妹にしゅんとされては、ジェーノも敵わない。
 こうして三人は庭園へと移動し、澄み渡る空の下、共にテーブルを囲むこととなった。
 魔法騎士団支部の近くには、緑豊かな庭園がある。王宮庭園とはまた別のもので、魔法騎士団、騎士団、魔法団が管理する憩いの場だ。
 そんな庭園の中央に、白いレースのテーブルクロスがかけられた丸テーブルが置かれている。テーブルの上にはティーポットと色違いのティーカップが並び、色とりどりのお菓子が盛り付けられた皿には、ジェーノが好んでよく食べていたチョコチップクッキーもあった。
 三人はそれぞれ三角形を作るような形で座ると、各々お茶とお菓子に手を伸ばす。
最初は様子を窺うように「美味しい」だの「天気がいい」だの、なにげない発言しかしなかったジェーノが、黙々とお茶を飲むリベルトについに話しかけた。
「ところでリベルトくん」
「お兄様、リベルト様のほうが年上なんだから、そんな呼び方してはいけないわ」
「……リベルトさん」
 フィリスに注意され、ジェーノは咳払いをして言い直す。
「あなたのような立場のお方が、なぜ専属の世話係が必要なんでしょう? さらに僕よりも年上ならば、もういい大人だ」
「俺はべつに世話係なんて必要としていない。団長が勝手に雇ってくるだけだ」
 その言葉に、ジェーノの眉がぴくりと動く。
「つまり、フィリスはあなたにとって必要でないと?」
「最初はそう思っていた。でも今は違う。フィリスがそばにいてくれるおかげで、自分自身にいろんな変化があった」
「変化? たとえばどんな?」
 根掘り葉掘り、ジェーノは容赦なく問いただす。
「倒れるまで働き続けるのをやめて、食事をきちんとするようになったり――あと、眠いという感覚を取り戻した。彼女の膝枕で」
「ひ、膝枕……」
 ジェーノがカップを持つ手が、微かにカタカタと音を立てて震え始める。
「昔、お兄様がよく言ってくれていたでしょう。私の膝枕は最高だって。不眠のリベルト様に試してみたら効果があったの。ちょっと……恥ずかしかったけど」
 さっきまでマカロンをつまんでいた人差し指で、フィリスが恥ずかしげに頬を掻く。
「フィリスの髪に顔を埋めると、疲れが吹っ飛ぶ。そういった意味でも、今となってはフィリスは必要不可欠になっているな」
 ふ、と自然に口角を浮かべて、リベルトが笑った。
「リベルト様、お兄様の前でやめてください」
「本当のことだろう」
 じゃれ合っているつもりはなかったが、ジェーノからするとそう見えたのだろう。どんどん顔が曇っていき、手の震えも大袈裟になっていく。
「フィリス、あまりこの男を信じてはいけない!」
 聞くに堪え切れなくなったのか、ジェーノが言葉遣いも忘れてリベルトに指をさす。
「どうして? リベルト様はとてもよくしてくれているわ」
「だが、最初はフィリスを必要としなかったのだろう。いつまた手の平を返すかわからないぞ。その上飛び出す言葉は膝枕だの髪に顔を埋めるだの……身体目当ての可能性だってある!」
「そんなわけないでしょう!」
「では、やましいことはしていないとこの僕に誓えるか!?」
 ジェーノの矛先が、今度はフィリスへと向く。フィリスは無言で強く頷いた。
「リベルトさん、あなたも僕の妹に手出ししないと約束してください」
「……」
「リベルトさん?」
 返事をしないリベルトをジェーノが睨みつける。しばらくにらめっこを続けていたが、なにかに気づいたようにリベルトが目を見開いた。
「ああ、そういうことか」
 リベルトはひとりで納得する。その様子を見て、ジェーノとフィリスは戸惑いの表情を浮かべた。
「なぜさっきから理不尽に敵意を剥き出しにされているのかと思ったが……理由がわかった。君は大人になっても妹離れができていないんだな。その独占欲が、俺にぶつけられている」
 目の前の人物を冷静に分析するように、リベルトはじーっとジェーノを見つめて言った。
「俺はわけもわからず怒られることがよくある。その原因は不明なことが多かったが、君みたいにわかりやすいと非常に助かる」
「なっ……なんて失礼な! 貴様なんぞに妹は任せられない! このまま連れ帰らせてもらう!」
 ぐさりと言葉のナイフが刺さった状態で、ジェーノはなんとか反撃するも、リベルトは涼しい顔をしたまま焦りのひとつも見せやしない。
(……コミュニケーション能力に問題があるふたりを引き合わせるのは、これまた間違いだったかも)
 今日のトレーニングはすべてにおいて失敗だ。
 どうやってこの事態を収束させようか。考えるだけでフィリスは頭が痛くなってくる。
 ――そんなときだった。
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