このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
「……フィリス! ジェーノまで!」
 遠くから名前を呼ばれて振り返ると、そこには両親の姿があった。
「お父様、お母様!」
 怪我ひとつない姿を見て、フィリスは一目散に両親の間に飛びついた。片腕ずつ抱きしめられ、背後からはジェーノがそっと身体を包んでくれる。
(あったかい……本当によかった……!)
 久しぶりに家族全員の体温に触れ、フィリスは涙が溢れそうになった。
「無事でよかったです。魔物が現れたと聞いて、心臓が止まるかと思いました。ここにはお兄様と一緒に、転移魔法で送ってもらったんです」
「そうだったのか。私たちも驚いたよ。ジェーノが朝早くにここを出て、しばらくはなにもなかったんだ」
「昼前くらいに突然辺りが騒がしくなってね。外に出たら、魔物が何体も飛んでいるじゃない。あまりの恐ろしさに腰が抜けて、屋敷から一歩も出られなかったの」
 どうやら両親はこの騒ぎが起きている最中、ずっと屋敷に身を潜めていたそうだ。
 地方騎士が手前の道でなんとか足止めしてくれていたため、屋敷にワイバーンが辿りつく前に処理できたが――あと少し遅ければ、間違いなく屋敷は襲われていただろう。
(転移魔法がなければ終わってたわ……)
 最悪の事態を想像するとぞっとする。フィリスは帰ったらローランに何度お礼を言えばよいかわからない。それに――。
「リベルト様とアレン副団長がいなければ、どうなってたか」
 顔を上げると、リベルトがちょうどこちらに向かってきていた。
「フィリス、あの人は……?」
「手紙に書いた、私が現在仕えているお方、リベルト様です」
 父親の問いかけに返答すると、母親が「まあ!」と声を上げた。
「家族は無事だったようだな」
 安堵の笑みを浮かべて、リベルトが言う。
「はい! 皆さんのおかげです! ありがとうございます!」
 フィリスに続いて、キャロル家全員が頭を下げた。
「あれ、アレン副団長は……?」
「あいつはほかの騎士と共に近辺の調査に向かってる。ほかに被害がないかどうか、きちんとチェックしないとな。……まぁ、魔物のにおいや気配はもう消えている。大丈夫だろう」
 リベルトが放った炎はようやく消え、地面ごと焦げていた。
「俺はこの地面をどうにかして、そこから調査へ向かう。夕方にはここを出られるだろう」
「で、では私も一緒に!」
「フィリスは家族のそばにいてやれ。危険な目に遭ったんだ。きっとまだ恐怖が完全に抜けているわけではない。それに、久しぶりの実家だろう?」
 連れてきてもらったからには、せめてなにか役に立ちたい。そんなフィリスの申し出を、リベルトはやんわりと断った。
「残った時間を家族と過ごす。それが今日の君の仕事だ」
「……リベルト様」
「終わったら迎えに来る」
 リベルトはそう言い残し、まずは焦げた地面の修復を試みている。氷魔法で冷たい霧が焦げた部分を覆い、ゆっくりと溶けていく様子を眺めていると、母親がフィリスの腕を組んで言う。
「すっごくかっこいいじゃない。リベルト様。しかもお優しいのね!」
「ああ。強く逞しく、非の打ちどころがない青年じゃないか」
 両親はリベルトに対してかなりの好印象を抱いたらしい。初対面の人に好印象を残すという今日の目標は、意外な場面で達成できてしまった。
(非の打ちどころがないに関しては……ちょっと頷きかねるけど……)
 敢えて印象を落とす必要もないだろうと思い、黙っておく。
 無事に修復を終えたリベルトは、アレンたちの後を追いかけるため歩き出す。その背中に向かって、ジェーノがいきなり駆けだした。
「ま、待ってください!」
 リベルトが立ち止まって振り返る。
「……ありがとうございます。僕は、君に失礼な態度を取ったのに」
「それとこれとは関係ない。大体、俺は失礼だとは思っていない。君は妹のフィリスをなにより大事にしているのだろう」
「……僕はフィリスが傷つくところを見たくない。だからあなたのことも警戒していた。僅かにでも妹を傷つける要素があったら任せられないと。……フィリスは、傷つけられたばかりだから」
 それほど遠い距離でないふたりの会話は、フィリスにも聞こえていた。
(お兄様、ラウル様との婚約破棄を私以上に気にしてくれていたのね)
 ラウルに冷たい態度をとられても平気だった。ラウルを好いてなかったため、婚約破棄でショックも受けていない。
だがその事実を聞かされるだけだったジェーノからすると、フィリスのそんな本心はわからない。ただそっけない態度を取られ、一方的に婚約破棄をされたという事実だけが残る。
 元々シスコンだったジェーノだが、リベルトを見る目が特に厳しかったのにはこういった要因があったせいだろう。
 ジェーノの想いに気付いた瞬間、フィリスの胸の奥がじわりと温かくなった。
「しかしリベルト様、あなたになら妹を任せられる。そう思いました。なにより……あたながフィリスを時折見つめる眼差しは、僕と似ている」
 眉を下げてジェーノが微笑んだかと思うと、今度は突然眉をキッと上げて、険しい表情のまま口を開いた。
「ただし! 万が一でもフィリスを傷つけることがあれば、僕は絶対許さない。どんな手を使ってでも実家に連れ戻して、二度とあなたに会わせることはないでしょう。それを忘れないでください」
「……肝に銘じておこう」
 強い意志を感じ取ったのか、リベルトもまた真剣な表情で頷いた。
 その姿を見てジェーノはようやくリベルトを認めることができたのか、無理矢理リベルトの手を取って固い握手を交わす。
 フィリスのもとに戻って来たジェーノは清々しい顔をしていた。そして、フィリスの頭を優しく撫でる。
「いつまでもフィリスの仕送りに頼っていちゃいけないな。僕も家族を守れるように、もっと力をつけるよ」
 僕なりのやり方で、と微笑むジェーノに、家族みんなで笑みを返した。
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