このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~

2 いざ、出稼ぎへ

「わぁ~……!」
 馬車を走らせ五時間。フィリスはようやく王都の市街へと到着した。
 荷物がパンパンに詰まった大きな荷物を両手で持ちながら、フィリスは辺りを見渡して感嘆の声を上げる。
(さすが大都会。どこを見てもいろんな色が目に入るわ)
 自然に囲まれた実家では、外に出て見える色といえば空の青と葉の緑、そして土の茶色だった。王都は地面も石畳で、屋根の色も外壁の色も建物によって全然違う。まるで別世界だ。
(僻地近くにある町や村へは行ったことがあるけど……それとは規模も人口も比べ物にならないわ)
 人並に酔いそうになりながら、フィリスは鞄を抱えてとりあえず中心部にある掲示板を見に行くことにした。
 使用人を付き添わせる余裕もキャロル家にはなかったため、すべてフィリスひとりでどうにかしなければならない。フィリスは出稼ぎに行くと決めたときからこうなる覚悟はしていた。だけど今になって、荷物を少し減らしてくればよかったと後悔する。
(お兄様があれこれ持たせてくるんだもの。……あんなに悲しまれたら、さすがに断れなかったわ)
 ジェーノはフィリスの出稼ぎの話を聞いて、この世の終わりだというくらい落ち込んでいた。〝そんな調子だと、フィリスが嫁に行くときどうするんだ〟と父親に呆れられていたくらいだ。
 自分だと思ってこれを持って行ってくれとジェーノ自らで描いた自画像を渡されたり、心配だからと防犯用の魔法具を山ほど持たされたりしていると、どんどん鞄が膨らんでいった。しかし、それもすべてジェーノなりの愛情だ。そう思うと、重みも愛しさへ変わってくる。
(……あ。あそこの花、しおれちゃってる)
 中心部へ行く途中に、街路の一部に設置された花壇が目に入った。フィリスは花壇に近づくと鞄を置いて、花びらがしおれ、茎がぐったりとした枯れかけの花に手をかざす。
 そしてお得意の直物回復魔法を発動させれば、茎は真っすぐに立ち、花もまた綺麗な姿で咲いてくれた。
(こっちはまだ蕾の状態で今から開花ね。でも、葉先が変色してるわ。栄養不足かしら……)
 黄色くなった葉先だけでも戻してあげようと別の花にも手をかざす。すると、どういうわけか葉先の変色が治っただけでなく、蕾が開いて花を咲かせたのだ。
「えっ? なんで?」
 おもわずひとりごとを言ってしまう。
 その後、フィリスは自分の手をじっと見つめた。
(……私の魔法、回復以外もできたりする? いや、まさかね)
 なにか引っかかりつつも、とりあえず今は先を急ぐことにした。
 中心部に来ると大きな掲示板を見つけた。フィリスのように働き口を探している人たちが、掲示板に貼られている求人用紙とにらめっこしている。
 この掲示板は求人以外にも、イベントのお知らせや閉業のお知らせ等幅広い形で利用されているらしい。
(庶民から王族まで利用することのある、情報交換の場って感じね。よしっ! 私も仕事見つけるぞーっ)
 意気込んで掲示板へ向かったフィリスだった――が、掲示板の目の前まで行こうとすると、先客の人たちにはじき飛ばされてしまう。
「あ? なんだ姉ちゃん。ここにあんたみたいな子が働ける仕事は載ってないぞ。今は体力が重要な肉体仕事ばっかりだ。数日経って出直してきな」
 本当にそういった求人しかないのか、たしかに掲示板の前にいる人たちはガタイのいい男性ばかり。そのせいで、フィリスは背伸びをしても内容を見ることすらできない。
「少しでいいから私にも見せてくれない? 体力には自信があるわ」
「そんなこと言ったって、筋肉のないほっそい手足で重労働は無理だろう。一週間もすれば求人は入れ替わる」
「私はすぐに働きたいの……きゃあっ!」
 退いた退いたと言うように、また掲示板に群がる輪の外へと押し出されてしまった。
(もう、どうしたらいいの――ん?)
 人混みが落ち着くまで、しばらく近くで待つべきかと思っていると、あるひとりの黒髪の男性がフィリスの目にとまった。
(あの人……なんだか様子が……)
 男性は俯いたまま、身体をふらつかせてゆっくりと歩いている。どこか具合が悪いのだろうか。気になって、フィリスは男性のもとに駆け寄った。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
 しかし、男性から返事はない。
「あの~……」
 再度話しかけたその瞬間。
 ――ドサッ。
 男性は急に、その場に倒れ込んでしまった。
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