このたびエリート(だけど難あり)魔法騎士様のお世話係になりました。~いつの間にか懐かれて溺愛されてます~
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 魔物襲撃の一件で気持ちに気付いたリベルトは、人生で初めて仕事以外の楽しみを見つけられた。それは当然、想い人のフィリスと一緒にいることだ。
 毎朝最初に顔を見るのも、部屋で互いにべつの作業をしながら時間を過ごすのも、仕事に集中しすぎて注意されるのも、疲れたらその身体に触れさせてもらうのも、日常の一部に過ぎなかった。
 だがフィリスへの興味が、ひとりの男として抱いた異性への恋愛感情だと気づいてからは、その日常があまりにも贅沢に思える。
 リベルトが生きているのは仕事のためだった。しかし、今はもうひとつ。フィリスの笑顔を見るため、というのも追加されている。
 いろんな彼女の表情を見てきた。どれもに少なからず心を動かされてきたが、やはり笑顔に勝るものはない。
フィリスが笑ってくれるだけで、周囲の景色は鮮やかに色づく。ずっと冬の朝みたいに冷えていた心には、一筋の陽だまりが差し込むように温かさがじわりと胸の奥まで染み渡った。
(フィリスが好きだ。フィリスにも俺を好きになってもらいたい)
 この数日間、リベルトはずっとそう考えていた。好意を伝えたものの、フィリスから明確は答えはもらっていない。それに、リベルトも答えを求めなかった。すぐに出せるものではないとわかっていたからだ。
 急ぐ必要はない。時間はたっぷりあって、フィリスにも現在恋人や想い人がいるわけでもない。ならばフィリスの気持ちを自らに向けるよう、努力すればいいだけだ。
 強い魔物や、新種の魔物と戦うとき、リベルトはいつも攻略法を考え続けてきた。今回も冷静に分析を重ね、着実にフィリスを落とす――なんて、恋愛もエリートらしく難なく攻略できればどれだけよかっただろう。
(フィリスを前にすると、俺はただの男になってしまう。感情が前に出て、理性なんてそっちのけだ)
 可愛い。触れたい。溢れんばかりの想いを伝えたい。
 ふたりきりになるとそればかりに支配されるが、リベルトは決して悪いことではないと捉えていた。興味を持ったものに対してのめり込むのは自分の性質だ。フィリスがありのままを褒めてくれたのだから、ありのままの自分でぶつかろう。
 ――そう決めて、一週間を過ごした。
 しかし、ここ最近はフィリスの様子がどこかおかしい気がする。
 以前より距離を取りたがられ、ふたりきりになるのを避けるのだ。リベルトが好きだと言っても「またまたぁ……」と目を背けてはぐらかされる。
(俺の気持ちは、フィリスにとって迷惑なのだろうか)
 そんな不安が芽生え始めたなかで、毎年恒例の慰安会の日を迎えた。
 魔法騎士団、騎士団、魔法団の日頃の成果を称え、王家が主催してくれる大規模な夜会である。次の日も緊急事態が発生しない限りは全員が休みとなっており、朝まで騒げる貴重な機会だ。
 とていっても、戦力者が誰もいなくなっては困るため、そのあたりは裏でうまいこと調整されてると聞いた。
 リベルトは毎年顔だけ出してすぐさま部屋に帰っていたが、今年は違う。
 態度がよそよそしいくせに、フィリスが慰安会にだけ乗り気だったのだ。慰安会は、関係者は誰でも無条件で参加できる。当日の今朝、フィリスはリベルトに言った。
『初めてでよくわからないので、リベルト様さえよければ最初は一緒にいてくれますか?』
 その言葉にリベルトは二つ返事でオーケーした。最初だけなんて遠慮せず、ずっと一緒にいると言うと、フィリスは『リベルト様にも付き合いがあるでしょうし……』と苦笑していた。謙虚な姿にますます愛おしさが増したのは言うまでもない。
(もしやフィリスの様子がおかしかったのは、慰安会が関係しているのだろうか)
 着々と開始時間が迫る慰安会の準備をしながら、リベルトはそんなことを考える。
 自分の好意が迷惑ならば、一緒にいようなんて誘ってこない……はず。今朝の誘いのおかげで、ほんの僅かだがリベルトの不安は払拭された。
 会場の王宮大広間は、同じ敷地内にあるためそれほど遠くはない。だが、徒歩で行くには正装だと少々時間がかかる。特に高いヒールや裾の長いドレスを着た女性には厳しい道のりだ。
 それらを考慮して、毎年関係者の女性たちはそれぞれの配属先が手配した馬車に乗って王宮まで移動してくる。
 リベルトは体力づくりもかねて歩いて王宮に向かったため、少しばかり早く着いてしまった。
(いつも同じ服を着ていたが、柄にもなく新調してしまった)
 フィリスを乗せる馬車を待つリベルトは、これまた柄にもなくそわそわとしている。
 この慰安会は、リベルトにとって初めてフィリスと仕事以外の時間を思う存分過ごせるものだ。そうなると面倒なだけだった慰安会も話が変わってくる。
 一週間の間に入った外回りの仕事中、ナタリアのお下がりを着ようとしていたフィリスのために町にドレスを買いに行き、ついでに自分のも買ってしまった。
『寒色系が似合うと思います! こちらのジャケットならその艶やかな黒髪も映えて素敵ですよ』と、仕立て屋に言われるがまま選んだネイビーのジャケットと細身のパンツ。スマートなシルエットが、リベルトの長身を際立たせる。
 ジャケットにはシルバーの繊細な刺繍が施され、夜の暗闇に微かに光を反射させていた。インナーに併せたアイスブルーのシルクシャツが、ジャケットの濃紺との対比でより高貴さを醸し出していた。
 去年まで制服となんら変わり映えのない黒い上下のジャケットとパンツで参加していたリベルトからすると、今日は特段気合が入っている。しかし、慰安会初参加のフィリスがそんな裏事情を知る由もなかった。
「ねえ見て。あれ、魔法騎士団のリベルト様じゃない?」
「本当だわ。素敵~……。話しかけてもいいかしら?」
「誰か待ってるようだし、今はやめておきなさいよ」
 ……ついでに、想い人を待つリベルトの姿に来賓の令嬢たちが見惚れているのにも、リベルトはまったく気付かない。
 車輪の音が聞こえ、リベルトは背筋を伸ばす。魔法騎士団の侍女たちを乗せた馬車が到着したようだ。
 普段制服姿しか見ない侍女たちが、今日は目一杯着飾っている。服装も髪型も違うため、誰が誰だかわからない。そんな集団のいちばん最後に、フィリスは馬車から降りてきた。
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